ザックスの、レーシングチョコボとしてのデビューは早かった。
幼駒時代から隆々とした体躯で、堂々とした鳥体には成鳥と見紛うほどの風格があった。
喧嘩の強さと身体の大きさというのが野生のチョコボ界における順列付けの基準だったから、その二つ共を兼ね備えたザックスが集団の先頭にたったのはいわば当然の流れだったのだ。
牧場時代はもちろん、厩舎入りしてからも常にチョコボ達のボス格で、高い身体能力と勝負根性でレーシングチョコボとしても将来を嘱望されていた。
けれどその優秀さゆえに人間を舐めて命令を聞かない変り者だったとと、ザックスの幼少期を知る人間達は言う。
実際、調教ではばててもないのにヨレて走ってみたり、気まぐれに人間を乗せるのを嫌がってみたりして、人間の慌てふためく様を面白がる節があった。
ただその気性の荒さ(人間に従順でなければ気性が荒いとレッテルを貼られるこの理不尽)も、実際走ってみれば、才能でカバーして余りある。
鳴り物入りのデビュー戦は、周囲の期待に応えてあっさり勝った。他の追随をまったく許さず、後ろから必死で追ってくるチョコボ達が哀れですらあった。
続いて迎えた二戦目、ザックスは惨敗した。端から走る気すら見せなかった。
ザックスは気付いてしまったから。
勝っても負けても、餌の量は変わらない。鞭打たれる生活も変わらない。
本気で走ったザックスについてこれるチョコボは――少なくともその時点での話だが――ターフの上にも、ましてや同じ厩舎にもいなかった。
クラウドが入ってくる少し前の話だ。
調教で適当に他鳥をあしらって能力の片鱗をみせ、勝たなければならないレースを見極めてそれすら落とさなければ、結果がどうであれ人間は自分の為に羽を繕い脚を洗い、餌は自動的に与えられる。
ザックスにとって勝たなければならないレースとは格付け高いレースではなく、それを落とせば引退させられるという最低レベルの話だった。
(一生懸命走るのなんてアホみたいだ)
この悪知恵のお陰で、人間たちはザックスがなぜこれだけの能力がありながらなぜ大きなレースで勝てないのかと、頭を悩ませることになる。

そんなこんなで、人間に期待されたほどの勝ち星を挙げないまま、ザックスはクラウドとの出会いを迎えた。
ザックスが調教を終え厩舎の近くまで戻ってくると、小さなチョコボが大きなチョコボに身体をぶつけられていた。
体格差だけで苛めだとわかる嫌がらせに、小さなチョコボは身体をふらふらさせながらも負けじと羽を膨らませ、威嚇の姿勢をとっていた。しかしいかんせんその体では相手を怯ませることも難しい。
それでもこいつはなかなか、とザックスは感心した。
自分より一回り二回りでかい相手に立ち向かうのは容易ではない。
ザックスが彼らを威嚇一つで追い払ってしまえる様に、チョコボ同士の喧嘩において体格差というのは非常に大きな要素なのだ。
「おまえ根性あるなぁ」
「………っ!!」
自分を苛めていたチョコボ達が闖入者の一声で蜘蛛の子散らす様に逃げていくのに、クラウドは一瞬何が起きたのか理解できなかったらしい。
一見幼鳥か牝鳥かと見紛うような小さいなりで、でかいチョコボ相手に屈しない根性にザックスは感心していたのだが、そんなザックスの内心を露ほど知らないクラウドは突然現れたボス格のチョコボに逃げることも忘れてぽかんと立ち尽くして、一瞬遅れて羽を広げた。
新しい敵が現れたと判断したのだろうか。まぁ妥当な反応だとザックスは苦笑する。
えらく可愛いチョコボが厩舎にきたという話は聞いていたが、実際ザックスが見たのはこの日が初めてだった。
可愛いくせに生意気、ザックスに向かって威嚇してきたチョコボは久しぶりで、噂に違わぬ様子にザックスは満足だった。
単調な調教とレースの毎日がひどく退屈だと思っていたから。
「おまえさ」
ずい、と一歩踏み出した。金色の身体が目に見えてびくりとする。
――あ、かわい

「何いじめてるの!!」
いい所でぐっと手綱をひっぱられ、思考と視界を遮断された。引っ張ったのはザックスの担当厩務員で、彼女は大きなザックスがクラウドをいじめていると判断したらしい。素直なものの見方だが、今から喋ろうと思っていたザックスは、クェ!と抗議の鳴き声をあげる。人間に通じるはずもないのだが。
せめて名前をと未練がましく手綱にあらがい首を背ける。逆らえないのを知りながら、ザックスはチョコ房の前に引っ張ってこられるまで、ずっとうるさく鳴いていた。


たまたまザックスの横のチョコ房が一つあいて、クラウドが引っ越してきたのはそれからすぐのこと。
引っ越してくることは厩務員から聞いていたから、朝からばたばたしていた壁の向こうのチョコ房が落ち着いた頃を見計らって、ザックスは隣のチョコ房に向かってよぉと親しく声を掛けた。
暫く間があいて、少し目を細めてあからさまに嫌そうな顔をした金色の頭がちょこんと顔を出した。
そんな顔をされたら可愛いもクソもないが、その辺の懐柔の仕方はザックスも心得ている。
人間に可愛いと評判の、人懐っこい笑みを浮かべ、
「ザックスってんだ、よろしくな。人間は違う名前で呼んでるけど」
と反応を伺いつつ言うのに、相手は愛想の全くない声でクラウド、と実に味気ない返事。
それでもめげずに、この前は大丈夫だったかぁとか、あれから苛められてないかとか、話題を広げようとしてみても、はぁとか助けてくれてありがとうございましたとか、相変わらず素っ気ない返事しか返ってこない。
こりゃ苛められんのも無理ねぇなぁとザックスは内心苦笑しながら、自分にこんな態度で接してくる奴も珍しいと感心してしまうあたり、変り者という人間の評価は、癪ではあるが正しいのかも知れない。
「おまえさぁ、結構頑張ってるらしいな」
「……何が?」
「テキが言ってたぜ、見かけによらずやるなぁって」
「……ふぅん」
おっとザックスは顔を上げた。クラウドの反応に初めて手応えを得たからだ。
素っ気なさを装いながらも、羽がぷるぷる震えるのを一生懸命我慢している様子は微笑ましいことこの上ない。
うわ可愛い、と思ったけれど心のなかに止めておいた。
けれど人間に褒められるのがそんなに嬉しいことかなというのがザックスの正直な感想で、だから可愛いという言葉の代わりに、なんでそんなに頑張んの?という疑問が思わず口をついてでた。
なんで、と聞かれたクラウドは、なんでってなんでだよ、と首をかしげる。
「レーシングチョコボなんだから、走るのが仕事だろ」
「おまえみたいな外見なら、わざわざレーシングチョコボしなくても就職先はあるだろーよ。俺みたいなんは、走れなくなったら屠殺場行きだけどよ」
屠殺場、という言葉にクラウドがびくっとして、取り繕うように続ける。
「種牡鳥なれば?毎シーズンやりたい放題じゃん、あんた派手だし、女好きそうだし」
「おまえなぁ……あんなんなれるのはほんの一握りだって。頑張るだけ馬鹿らしくならねぇ?」
クラウドの表情が曇って、そっかな、といったきり言葉が途切れる。
「……でも、さぁ」
「でも?」
「………やっぱ止め。いいじゃん、なんだってさぁ」
拗ねたように言ってから、ぷい、と顔を背けて、クラウドはチョコ房に首を引っ込めてしまった。
え、とザックスがびっくりする間すらなく、あとは呼べども鳴けどもチョコ房の壁を突けども、クラウドはうんともすんとも答えない。
しまいには苛めていると勘違いされて、「またちょっかいだして!!」と厩務員に叱られる始末。
かくしてクラウドに近づこうというザックスの二度の努力は徒労に終わった。