あんたみたいなチョコボになりたいんだというクラウドに、思わずぽろりと「無理じゃねぇ?」と返してしまいそうになって、ザックスは慌てて口を噤んだ。
だってクラウドの体躯は軽く小さく、まだ成長途上であることを差し引いても、とてもレーシングチョコボには見えない体付きをしている。
愛らしく珍しい金の羽は、愛玩用チョコボかと勘違いしてしまうような鮮やかな色。
百歩譲れば乗鳥用に見えなくもない。とはいえ、せいぜい子供専用だ。
とても過酷なレースに耐えれそうにない小さな身体、しかも今その自慢の黄金の羽も、心ないチョコボに啄まれボロボロになって、なおのこと貧相に見える。
「無理だって思ってるんだろ」
生れ故郷の牧場で見上げた空に似た、薄く蒼い眼でクラウドが言う。
クラウドの言葉を否定しないことで、酷く彼のプライドを傷つけているとザックスは自覚していた。
クラウドがこんな風に、自分の思いを吐露するのは稀だ。ここまで正直なのは初めてと言っていい。
いつも意地を張っている。超のつく生意気。身体が小さいくせに、目立つ毛色とその性格で、気性の荒いチョコボ目を付けられて割りを食う。
突かれるのも羽をむしられるのも蹴飛ばされるのも日常茶飯事。
苛められても怯まず抵抗してそれでも適わなくて追い詰められているクラウドを見兼ねたザックスが、その小さな金チョコボに助け舟を出したのが二匹の出会いだが、助けたはずの相手が羽を広げて威嚇してきたのにはザックスも驚きつつ、少し呆れた。
今では懐かしい思い出だ。
「おまえみたいに強くなりたい。馬鹿にされたくない。……一番になりたいんだ」
負けん気はレースにおける大きな武器だが、クラウドのそれは極端に自信のない自分を守るためのものだと、気付いたのは最近だ。
いつも不安に苛まれている。寝付きの悪いクラウドの、神経質にガサガサと寝藁を掻く音にザックスはその一端を見た。
弱みを見せまいと、勝てないと判る相手にまで食って掛かる。
勝てない相手には勝てないと素直に服従するのは言わばチョコボの鳥としての本能なのに、それに抗うことで自分を保っている。
必死に虚勢を張って、疲れるだろうなとザックスは思う。
「クエ」
黙りこくったザックスに苛々と鳴くのもクラウドの精一杯の強がりなのだろうと察しがつく。
ザックスは首を伸ばし、生傷の絶えないクラウドの嘴の付け根に顔を擦り寄せた。
「あんたも俺を馬鹿にしてる」
「してねぇよ」
「嘘だ」
いやだ、と首を振ってクラウドはザックスの愛撫を振り払った。
嘴で引っ掛かれるのを厭んで、ザックスは素直に首を引っ込める。
小さいからと油断しては痛い目をみる。前に引っ掛かれたときに眼の近くに嘴が来て、不覚にも驚いてしまったという苦い経験があるからだ。
首を自分のチョコ房まで戻して、クエ(でも)、と一拍クールダウンする。
「だっておまえ、ちゃんと勝ってんだろ。最近ちょっと負けてるけど……そんなもんだろ、レースなんて」
「勝ったのなんてみんなまぐれだって思ってる。………あんただって」
「おまえなぁ、どこまで卑屈なんだよ」
身体の小さいクラウドは、同期に比べてデビューが遅かった。
牧場主調教師調教助手厩務員、周りの人間は口を揃えて「動きはいいけどやっぱり…」と憚らなかった。ネックになったのはやはりその鳥格のなさで、それはクラウドのコンプレックスを直撃した。
だれもがせいぜい一つ勝てるかどうかと言う中で、クラウドは必死に調教を受けた。走った。
デビュー戦は展開に助けられた部分もあってすんなり勝った。
けれどそれからが続かない。
二戦目はゲートを出るのに失敗して躓き七着。三戦目はバテて九着。
体勢を立て直して挑んだ次のレースで、やっと二勝目――やっと、といっても、デビュー前は一つ勝てば御の字と言われていたのだから、クラウドにとってこれは快挙だった。
クラウドの担当厩務員は黒髪を一つにまとめた極上の美人だったのだが、彼女はウィナーズサークルでクラウドの首筋を撫で、まるで大レースに勝ったみたいに喜んだ。
次も、次もよ、と彼女はクラウドの勝利を信じて疑わず、従順なクラウドはそれに応えたのだ。
三勝目。
クラウドを取り巻く人間達の喜びようは筆舌尽くしがたく、見ていてザックスも嬉しくなってしまったものだ。
これで少しは自信もついたかと、僚友の成長を嬉しく思っていたザックスだが、その思惑は外れた。
一つ二つ勝ったところで、弱い小さいチョコボの立場が大きく変わるわけがない。
それどころか、所詮まぐれだなんだといちゃもん付けられ突かれる。
次のレースで惨敗すれば、それ見たことかと囃し立てられた。
生意気だのなんだの言われ、一見落ち込むような性格には見えないクラウドも、さすがにいじけてしまったらしい。
吐いたことのない弱音をつい漏らしてしまったのもそのせいだろう。
死に物狂いで勝ったレースをまぐれと言われ、自信をつけるどころか卑屈さに磨きがかかってしまったのだから世話がない。
真剣勝負のこの世界、一つ目くらいはまぐれで勝てても、それが二度三度は続かないとザックスが言う。
周囲の予想を裏切って3つも勝った。誇るべきことだ。一つも勝てない奴らも大勢いる。
他のチョコボの言うことなんか気にすんな、自信をもてよとザックスは言う。
実力だろ、と励ます言葉はザックスの本心だ。
クラウドの実力は、常日頃いつも一緒にいて、調教も共にこなすザックスが一番よく知っている。
クラウドに対する弱いイメージなんて、払拭されるのも時間の問題だと冷静な目でザックスは見込んでいた。
分かっていないのはクラウドばかりで、それが何とも言えずもどかしい。
「……ザックスにはわからないよ。だってザックスは強いじゃん、俺と違ってさぁ」
悲しそうにクラウドが言う。クエ、と小さく鳴いてから、首を自分のチョコ房に引っ込めた。
わかってないのはどっちだよと、飼い葉桶に嘴を突っ込んでザックスは呟く。
俺みたいになる必要なんてないんだと、がさがさと桶の底に残った餌を乱暴に掻き混ぜた。
クラウドが凹んでいるもう一つの、そして真の理由もザックスは知っている。
本気を出したザックスに、自分は勝てないのだと思い込んでいるからだ。
馬鹿だなぁ、とザックスは思う。
自分の本気を引き出したのは他ならぬクラウドなのに。
来週、クラウドとザックスが初めて一緒に走る大一番のレースがある。その年の一番を決めるレースだ。
人間たちの下馬評もまわりのチョコボ達も、勝つのはザックスだと思っている。
まぁその通りなんだけど、とため息をつくザックスの自信は、決して過剰でないから恐ろしい。
勝つのは俺なんだけど、と静かになった隣のチョコ房を見ながら思う。それでもほんのあと少し、クラウドが自信を持ってくれりゃいいのに―――