充実のアフターファイブ、デートの待ち合わせ場所に甚くそわそわ様子のクラウドがいた。浮かれているといっても普段から表情のポーカーフェイスは崩れておらず、付き合いが長いザックスが、そのスラムの雑踏でもよく目立つ金髪に気付いてなんか機嫌いいのかな?と遠目で思う程度だったのが、ザックスが来たのに気付いたクラウドはこちらを見て楽しそうに破顔した。びっくりしたザックスに追い討ちをかけるように、今日は飯代俺が出す、なんて滅多に見せない笑顔付きで言う。奢るなんて言葉もさる事ながら、にこにこ笑顔を惜し気もなく見せるクラウドは稀に見る上機嫌、一瞬ザックスは呆けて、何かあった?と聞いたからクラウドの眉が寄った。
「嬉しくないのかよ」
「嬉しいとか嬉しくないとか…いや、嬉しいか。嬉しいんだけど、なんつーか、なんかあった?」
結局それかよ、と唇を尖らせたもののすぐに口元を綻ばせる。珍しい、とザックスは心のなかでこっそり呟く。ふたつの意味で、だ。
ソルジャーであるザックスは高給取り、それはソルジャーが命身体その他諸々人間として大事なものを失う代償としては安いくらいなのだが、しかし一般兵のクラウドと比べれば給与の差は歴然、恋人とはフィフティーフィフティーでありたいなんていっちょまえな事を言うクラウドだが、そもそも年齢も所得もザックスがずっと上だから仕方ない。外に行ったら酒は盛大に飲むし飯は喰うから(二人で行くとボトルキープという概念がなくなるから困る)、お財布担当は自然ザックス、付き合いも長いし今更だ。それをどうして今日に限って奢るなんてそれこそ今更。給料日だってまだ先だし、何かイベントと言うわけでもない。しかもこの満面の笑顔。不思議そうな顔をするザックスに、クラウドはふふんと得意げに鼻を鳴らして、しかし一瞬でいつもの冷淡な表情を作った。
「先週の重賞メインレース」
「うん?」
尻ポケットから財布をだし、ちらりと勿体ぶって薄緑の紙券をのぞかせる。
「しかも三連単な」
「おっ?」
ザックスは思わず感嘆の声をあげる。それはクラウドの自尊心を大いに擽ったらしく、すごいだろーと嬉しそうに笑う。恋人のチョコボレーシング好きは前々から知っていたが(見た目堅実ストイックでおよそギャンブルなんて興味なさそうなクラウドゆえ、その趣味を知った時ザックスは少々驚き、ああ髪型で親近感が湧くせいかと思ったが、言ったら十中八九どつかれるのでやめておいた)、しかし専ら金欠病で観戦専門だったはずだが。賭ければギャンブル、観るだけならスポーツとはクラウドの格言。
「サイのやつがさ」
突然出てきたクラウドのルームメイトの名前に、ザックスは首をかしげる。まぁ聞けよ、とわざわざザックスを制するクラウドは目的の店に向かう道すがら普段より非常に饒舌だった。
「部屋の掃除当番決めたんだけどぜんっぜんやらなくて…荷物も整理整頓しないし、何回言っても埒があかないから、境界線引いて…線からこっち荷物出たら罰金なって言ってたのだいぶ貯まったから、それ軍資金にしてきた」
「一点買い?」
「まさか」
そんなんだったら予想屋なれちゃうよ、とクラウドが笑う。えらく気分が良いのか、いつもなら人目を気にして手を繋ぐのすら恥ずかしがるのに今日は自分から指なんか絡めちゃってにこにこ笑う様子は非常に微笑ましい。テンションがあがっている割にクラウドの手は夜の冷気で少し冷えていて、妙な庇護欲と何割かの疾しい欲求で思わず抱き締めなくなる衝動にかられつつ、それはさすがに怒られるよなぁ、とザックスはちらと繋いだ手に目をやった。
「そんな荒れなかったし、すごく堅実に取ったから全然、プラマイゼロくらいなんだけど」
「……いくらつぎ込んだおまえ」
「いいじゃん別に」
くすっと悪戯っぽく笑って、いつ払戻しいこーかなーと呟く。
楽しそうな横顔を見ながら、射倖心で身を滅ぼすタイプではないとわかっているが、根が真面目な分はまったらヤバいんじゃないかなーとザックスは余計な心配までしてしまう。なんたって生真面目でのめり込む性癖だ。
「…クラウド」
「なに」
ザックスの割と深刻そうな声に、ん?と首を少し傾ける。俺は他人の趣味に口出しするつもりはないんだが、と前置きし咳払いし、
「結婚したらギャンブルは控えめにしろよ?」
ザックスが至極真面目な顔で言って、ぽかんと思わず絶句したクラウド、誰がおまえとなんか結婚するかバーカと言いながら、とても幸せそうだった。