……アンクルメモリーは伸びない!粘るキシヤマテ!粘るキシヤマテ!内キシヤマテ、外デービーダッシュ、しかしここで大外からトウホウダンス!トウホウダンスすごい脚でやってきた!トウホウダンスかわすか、かわしました!かわしましたトウホウダンス、トウホウダンス、ゴール前差し切りましてゴールイン!トウホウダンスです、やりましたトウホウダンス鞍上サミュエル=ブレプル、牝鳥としては39年ぶり、史上二頭目のアデライトカップ制覇です。一着に飛び込んだのは18番トウホウダンス、大外一気に差し切りました!さぁ大波乱の結末となりました本日のメインレースアデラ…



畜生こんなレース誰があてんだ、とクラウドが読んでいた雑誌を床に投げ、珍しく感情顕わに毒づく横で、興味なさそうにテレビを(というよりチョコボレーシングの結果に一喜一憂するクラウドの様子を)見ていたザックスがおもむろにマグカップを置いて立ち上がった。
かこん、という音にクラウドが振り返り、ああごめん、とザックスは手を振る。まだ半分くらい残っていたクラウドのカップを回収するとココアでいいなと奥に消えた。テレビを食い入るように見ていたクラウドは、それが合図だったかのように伸びをして深呼吸、適当に目の端に浮かんだ涙を拭う。
「あーあ、やーめた」
と不満げに呟き、乗り出していた身体を脱力感と共にどっさりソファに沈める。しばらくして戻ってきたザックスは新しいココアの入ったマグカップをクラウドに手渡した。朝からチョコボレース三昧というひどく不健全な休日を過ごしていたクラウドは、実況のアナウンサーのテンションの高い大声にもう我慢ならんとテレビをオフにする。
「駄目だったか」
「俺、8番から流してたもん」
二着には来たから読みはよかったんだけどなー、とぶつくさ言いながらクラウドは冷たいココアに口をつける。興奮して渇いた喉に甘すぎるココアは逆効果で、入れてくれたザックスには悪いが余計に水が欲しくなった。立ち上がって一服ついで、水を取りにキッチンにむかうと後ろで再びテレビのスイッチがはいる音。
画面の中では騎手の勝利インタビューが始まっていて、その興奮(していたのはどちらかといえば騎手よりマイクを向けているキャスターだったのだが)した声がキッチンにまで流れてくる。
冷蔵庫に頭を突っ込みミネラルウォーターを引っ張りだし、洗って伏せていたグラスを取ったところで面倒くさくなってそのままペットボトルから直飲みする。ぺたぺた、と言った足取りでリビングに戻り腰掛けると、俺もちょーだいと手を出したザックスにペットボトルを渡して頬杖をつく。
「単勝で97倍ってさぁ」
払い戻し金額を告げるアナウンサーの冷静な声にも、クラウドはなんとなく釈然としないままぶつぶつ呟く。
「あーあ、俺の給料…」
「おまえ金突っ込みすぎ」
ペットボトルから口を離し冷めた声で言うザックスに、さらにそれを上回る冷たい一瞥で応え、ぷいと顔を反らす。
「3連複とワイドも買っときゃよかった」
「ちょっとは懲りろよ…」
給料を全部摺ってしまう等のギャンブル依存症ではないものの、毎週末結構な額をチョコボレーシングに注ぎ込んでいる恋人の悪癖にザックスは嘆息する。しかも掛け方がえげつない。配当の妙を狙って穴鳥ばかり軸にするから、そりゃ当たんねーわとザックス。タチの悪いことに、それでもたまにどかんと大きくあたるから止められないとはクラウドの弁。
他に趣味ってないし、と金の使い方を諭されたクラウドは、ザックスの買ってきたバイク雑誌を見ながら言う。バイクにも興味はあるらしいが金が無いから手は出ないらしい。そんなもん、おまえが半年チョコボやめたら優に貯まるとザックスは思ったがもう言うのも疲れたから放っておいた。つぎこむといっても破産するほどのめり込んでいるわけではない。まだ趣味の範囲内だ。……今はまだ。
しゃーないなーと言いながらザックスが立ち上がり、クラウドのぴょんぴょん跳ねるチョコボ頭を撫でる。
「じゃぁ祝勝記念に一杯やりにいくか」
「へ?」
ぽかん、と見上げるクラウドに、ザックスはにやりと口元を歪めてどこに持っていたのか、手の中の紙券を見せる。
「―――う」
「そじゃねーよ。単勝と複勝しか買ってなかったけど」
「だって…19番人気だぞ!?」
「うん?」
「なんでおまえが買えてんだよ!!」
買えている、と言葉のあたりにみえるクラウドの素直さにザックスは笑った。
穴狙いのクラウドと対照的に、チョコボレーシングにさほど興味のないザックスはクラウドに付き合ってたまに鳥券を買うくらい。クラウドのように気前よくチョコボの餌代に給金くれてやる気はさらさらないから、常にローリスクローリターン、おまえもうチョコボやるなと投票券を横から覗いたクラウドが呆れる程の堅実さ。荒れに荒れた大レース、負けて自身も荒れていたクラウドはザックスが鳥券を購入していた事すら知らなかった。
「好きなチョコボなんだよ」
「え」
勝ったのは恥ずかしながらクラウドがまったく注目していなかったチョコボ、言われてクラウドはテレビを見たが番組は既にワイドショーに変わっていてザックスの言うチョコボがどんなだったか、記憶を辿りよせ――。
「あの気性難の?……今日はジョッキー振り落としてたけど」
「そうそう」
ゲートもなかなか入らないよなぁ、とザックスが笑う。
「そんな所が可愛いなぁと思ってさ」
「へー……キモいな、おまえ」
と神妙に聞いていたクラウドが相槌ついでに声音も変えずにさらっとひどい事を口走り、ザックスは思わずえ、と固まった。
「……きもい、か?」
「その愛で方が」
「え」
予想外の口撃に、ザックスは反論も出来ない。クラウドの頭に手を置いたままザックスはクラウドと見つめ合いしばし沈黙、それに飽きたクラウドが容赦なく止めを刺した。
「じゃじゃ馬好きの真性マゾ?どーせそのカテゴリに俺も入ってんだろ。」
散々悪態を吐いておきながら、頭の上のザックスの手から抜け出し飯行くんだろとジャケットを引っ掛ける。可愛くない事を言いながら横顔はしっかり笑っていて、どうやら機嫌は治ったらしい。
自分がじゃじゃ馬だと自覚はあるのかと手を払われて我に返ったザックスが、小さい背中を慌てて追いかけ、今日は何が食べたい、女王さま?とおどけて言うとバカかと手厳しい言葉と共に可愛い蹴りがザックスの脛に入った。