「なんで私なんだ…」
との呟きはチョコボレーシングチケットオフィス・レースモニター前の喧騒に吸い込まれて消える。もう一度根気よく、ヴィンセントの普段の声の大きさを考慮すれば「叫んだ」と表現しても差し支えないくらい声を張ったのだが、レーシングプログラムを丸めて握りしめおっさん連中に交じってモニターを凝視しているクラウドは無反応。クラウドの隣にいたカップルの方が、びっくりした顔でこちらを振り返り視線までかち合って非常にバツの悪い思いをする。
どうやら意図的に無視されているらしいと悟ると、おとなしく引き下がり、かといって人の群れから抜け出す事も容易に叶わず、仕方なくその場で立ちすくむ。ゴールドソーサーの中でもひときわ年齢層と男性の比率が高く、しかも業務用の換気扇を持ってしても空気の入れ替えが間に合わないほど紫煙で充満した空間の居心地は最悪だった。
心底げんなりしながら、なんで私が、ともう一度、今度は赤いマントの下で呟いた。
おお、と集団がざわめき、チケットブース上の小さな着順掲示板に確定のランプが灯る。レコードで圧勝したトウホウフハイとジョッキーの喜ぶ姿がレースモニターに大映しになり、ひときわ大きな歓声があがった。
チョコボレーシングに疎いヴィンセントはよくわからないのだが、そのチョコボはチョコボレーシング好きなら知らない者はいない名牝の血を引くらしい。
酒を飲んで管を巻いたシドとクラウドが、ヴィンセントがおとなしく酒を飲んでるのをこれ幸いと耳元で往年の名レースやら蘊蓄やら語るもんだからすっかり覚えてしまった。小休止に「ヴィンセントはチョコボ興味なかったっけ」とクラウドに話を振られ、私の頃は確かTTGの三強が…と少ない知識を総動員して答えたのに、すごい顔をされたので、もうそれ以来ヴィンセントは頑張らない事にした。年の差をあの時程感じたことはない。
検量室に引き上げるジョッキーを追ってカメラが回るが、ヴィンセントには毛程の興味もわかず、鞍から解放されて羽を震わせるチョコボとクラウドの頭が被り、せめて同じ様に楽しめたら幾分か楽なんだろうが、とため息を吐いた。


空にメテオ、北の大空洞にはセフィロス、この状況下でチョコボレーシングなんてしてていいのかと至極まっとうな事をヴィンセントは思う。
あの妙な趣向を凝らしたホテルでは落ち着いて飯も食えん、と二人してチョコボスクウェアの中にある立ち食いカレーと洒落こんでいる。
「その格好暑くない?」
とプラスチックのスプーンをくわえるクラウドの、立ち食い屋で片手にレープロという姿はなかなか堂に入っている。
暑くはないんだが…ととりあえずクラウドの疑問には律儀に返し、先ほどの疑問を半ば説教臭い感じになりながらクラウドに伝えたところ、いいじゃん別に、と軽い答えが帰ってきた。
「だって俺もおまえも暇じゃん」
とあっさりしたもの。ティファやバレットがより強力な武器を探し世界中飛び回っている事を思うと後ろめたい。自分はあっさりルクレツィアに武器を貰っておいて何も言えないのだが。
「そもそもバトルスクウェアを制覇してレアアイテムを持ってかえってくると」
「そんなん半日ありゃ出来んだろ」
と言われてしまえばそうなのだが。しかしチョコボレーシングがしたいのであればシドやティファときた方が…と未練がましく食い下がるヴィンセントに、しかしクラウドはしらっと
「だってシド、テンション高いだろ。隣にテンション高いのいると逆に醒めんだよ…」
と言ってのける。チョコボレーシングに興味のないヴィンセントを巻き込んでまで、そのハイテンション親父と大激論交わしていたのは誰かと言いたい。
「ティファは好きだけどこんな所に一緒に来たいとは思わないし…てか四六時中一緒なんだぜ。息抜きさせろよ」
「私だっておまえと四六時中一緒なんだが」
「おまえは俺の彼女か」
「いや…」
彼女だから四六時中一緒にいたいもんじゃないかとルクレツィアに想いを馳せるのだが、その辺りは個人の気質なのだろうか、とヴィンセントはプラスチック皿に付いたカレーを丁寧に集めながら考える。
「ユフィこんな所連れてきたら煙草が…とか煩いしな。チョコボで遊んでたとかすぐバラすだろうし。レッド連れてきたら目離せないし。バレットも案外ギャンブルに金使うタイプじゃないだろ。リーブになんかこの前説教されたぜ。ギャンブルはほどほどにしろって。健全な趣味だっての」
「……で、おまえよりテンションが低くチョコボレーシングをしても文句も言わず仲間にバラさない私が選ばれたわけだな。……消去法か。」
「消去法じゃ不満か。アンタなら目離してもまぁ大丈夫だろ。迷子呼出かければいいし。」
私をなんだと、とさすがに文句を言いたくなったヴィンセントだが、あんたもなんか買えば?と小さい字の並んだ新聞を渡され思わず受け取ってしまった。
「ルーペいる?」
「…いらん」
呻くヴィンセントに、あ、そ、とクラウドはカレーをかき込む。
「なぁクラウド」
「なに」
「なぜおまえは無印のチョコボばかり選ぶんだ」
「趣味」
チョコボの名前の下の◎とか○の印が有力馬を示すらしい、と言うことはさすがのヴィンセントでもわかるのだが、それとクラウドの青いペンの印がほとんどと言っていいほど一致しないのは。
「新聞見るより実際のチョコボみた方がいいって。パドック見に行こうぜ。てか、それもう終わったレース…」
「クラウド」
口の端についたカレーを拭って、ヴィンセントの手元を覗き込んでいたクラウドが首をかしげる。
「私の記憶が正しければ、だが。……黒いチョコボばかり頭にしてるんだな?」
クラウドは肩を竦めて立ち上がった。気のせいじゃないか?と一旦は答えた後、追い付いてきたヴィンセントが隣に並ぶと、口元を歪め
「ヴィンセントに似てるじゃん、黒いチョコボ」
と、心にもない言葉を吐いた。あまりに白々しくて、ヴィンセントの胸に僅かに殺意がわいた。