過去の拍手お礼文です。とても短い

わんこと猫と飼い主




1 2 3 4 5 6 7 8 9 10








































1.
「なぁなぁ、そんなところで寒くない?」
「……関係ないだろ」
廃屋の崩れた古い梁の下、雨に濡れた小さな金色の子猫がにゃあと鳴く。
大きな犬は、子猫が座る梁と梁の間の隙間にはとても入れそうにないので、代わりにふんふんと鼻の先だけ近付ける。不快そうにもう一つ、子猫がにゃぁと声をあげた。
「俺ザックスって言うんだけど」
「……」
「トモダチになんねぇ?」
尻尾の長さだけで子猫の体長くらい優にありそうな蒼い瞳の大きな大きな黒い犬が、濡れ鼠ならぬ濡れ犬になっているのにも構わず、はっはっと千切れんばかりに尻尾を振り、ピンク色の舌を覗かせるのを、クラウドはまったく興味の欠片もない目で見てからに、ぷいとつれなく顔を背けた。ぱちゃぱちゃと水溜まりを弾いていたザックスの尻尾がしゅんと垂れる。
「あっち行けよ、濡れてんぞ」
「やだ」
「あんた飼い犬だろ。家、あるだろ。帰れよ」
「いやだ」
ぴんと立った耳が、雨に混じる人間の声に反応して、ぴくりと動いた。
「なぁ」
「なんだよ。あれ、おまえ探してるんじゃないのかよ。早く行けよ」
「おまえの名前まだ聞いてない」
「名前も知らなくて友達か。笑わせんな」
薄い桃色の鼻をぴくぴくさせてから、子猫は自分の毛皮に顔を埋めた。
ザックスの耳が忙しなく動く。自分を呼ぶ飼い主の声が近づいている。飼い主に忠実な彼は決してそれに逆らえず、ついに耳だけでなく顔を声の方に向けた時、子猫が小さく身動ぎした。
「…クラウドって、名前な」
「クラウド?クラウド?」
ザックスが目を輝かせ尻尾を振る。彼を見つけた飼い主が、犬の首輪を掴んで幸せそうな彼を引っ張っていくのを目で追って、クラウドは小さく欠伸した。
















2.
「あんた犬じゃん。」
「うん」
「魚食べないだろ」
「うん、だからおまえ食べろよ」
尻尾振ってはっはっ言って、どこからとってきたのか、くわえていた大きな魚のお頭をクラウドの前に誇らしげに置く。
ただでさえ風が通らない狭い路地で、しかも今日は雨だから魚の生っぽい臭いがあたりに充満して、クラウドの鼻腔をくすぐる。
魚の頭まるまんまなんて、野良猫生活を送ってきたクラウドが、生まれてこの方見たこともないような豪勢なご馳走だった。
しかしそれをなんだって何不自由ない飼い犬のザックスが持ってくるのか。
施しか、施しなのかと、たぶんこれはザックスの好意なのだろうけど、それを素直に受けとめられない自分の卑屈さが悲しい。
「いらない?」
とザックスが首をかしげる。でかいくせにそんな顔すんなよ、とクラウドはいつも思う、飼い犬はこれだから甘いんだよな、とか、他猫に餌分けるとかよっぽど恵まれてるんだろうな、みたいな捻くれた事を思ってしまう。
ザックスの長い毛から生ゴミの匂いがして、俺はそれ好きだからいいんだけど、帰ったらザックス怒られるんじゃないかな。顔だけはクラウドに向けながら、上から落ちてくる雨粒の音にザックスの大きい耳がぴくぴくと反応しているのが面白い。
「食う…けど」
「そうか!」
喜怒哀楽の解りやすいやつだなーと思う。尻尾千切れるんじゃないかな、いつか、なんて余計な心配もしてみる。食べろよと促されて魚に口を付けると、一層ザックスの尻尾が元気に振れた。
「おいしいか?」
ゆっくり味あわせろよ、とクラウドがザックスに目もくれず魚の頭を貪っている間、ザックスはずっと尻尾振って、待ての態勢で嬉しそうにクラウドを見ていた。


















3.
「…今日も雨だな」
「うん」
「最近多いよな」
「……うん」
最近気付いた。晴れている日にザックスはあんまりクラウドに会いにこない。ザックスの来る日はいっつも雨だよな、雨犬だな、と思っていたが、逆らしい。
この前晴れの日が続いた時に、全然ザックスが遊びにこなくて、ザックスの家の方にクラウドが様子を見に行った。外から覗いたザックスの家はもぬけの殻で、彼の飼い主の、あの目付きの悪い髪の長い人もいなかった。大きいお屋敷だから、もしかしたら奥の方に引っ込んでいるのかもと思ったが、しばらくその辺りをうろうろしていたら、ザックスはその例の飼い主と一緒に帰ってきた。
飼い主に頭を撫でられているザックスはすごく楽しそうで、いつもみたいに濡れていない、綺麗に梳かされた毛並みは自分と違う世界に生きてる犬なんだなーと思い知らされた。そもそもザックス犬だよな、と今更の様に思う。
ちらりと横目で見てみれば、大きさも全然違って、クラウドなんかひとのみに出来そうなおっきい口、噛みそうにないけど、もしかしていつか噛まれるんじゃないかなと不安に思う。猫の友達すらいないクラウドの友達になろうなんて、きっとザックスは変な犬だから、もしかしたらいつか変になって食べられてしまうかも知れない。
「なに?」
クラウドの視線に気付いて、ザックスが薄く目を開けた。
「……風邪、ひいちゃうよ」
「ひかねぇよ」
野良猫クラウドの雨宿りはいつもザックスの家の裏にある崩れた廃屋の梁と梁の間のわずかなスペースで、当然のようにザックスは入れないからいつも頭だけ入れている。
クラウドに鼻の先をくっつけて、たまに舐めたりする。噛まれた事はないけど、口を開けた時に覗く歯は至近距離で正直ちょっと怖い。
「幸せ」
「なんで?」
「クラウドがそばにいるから」
「…早く帰ればいいのに」
「ひど!!」
応える代わりに、クラウドはか細い声でにゃぁ、と鳴いた。
どうせもうすぐ、彼の飼い主が迎えにくる。
















4.
〜あらすじ
野良猫クラウドに一目惚れした犬・ザックスはプレゼント(魚)攻撃の末、種族の壁も体格差も乗り越え、無事クラウドの「トモダチ」になったのでした?

今日も雨。
梅雨の間すっかり通い夫になった犬・ザックスは、今日も今日とて飼い主の食べ残した魚の頭を銜えて意気揚々、愛しの猫が喜んでくれるのを糧に雨にも負けず、屋敷の裏のいつもの場所へ。飼い主が丹念にブラッシングして綺麗にした毛並みをお構い無しに雨に晒し、ぬかるみを飛び越える。
クラウド、と呼び掛ける前に、魚の臭いに釣られて廃屋からクラウドが小さな顔を覗かせた。
「また来た。雨犬」
「そんな言い方ひどくねぇ?」
持ってきた魚のお頭を地面に置き、鼻先でクラウドの前に押しやると、少し身体を伸ばして鼻先を寄せた。それを見たザックスがうれしそうに尻尾を振って泥水を撒き散らすのをクラウドは少し見てから、自分の頭と同じくらい大きい魚の頭を一生懸命口で引き寄せる。
にゃぁ、と鳴いて最近日課になっているご馳走に口をつける。
ザックスは頭の先をクラウドの身体に擦り付けるのだが、食べれないだろ、と鬱陶しそうに言われてすごすごと頭を引っ込めた。
「あんた懲りないよな」
「なにが?」
頭を引っ込めても、尻尾だけは変わらず元気に立っているのに、クラウドは呆れる。
「だってわざわざ魚貢いでるのにこんなボロクソ言われてさ。よく腹立たないよな」
我ながら、俺ならとっくに愛想尽かしてるけど、とクラウドが呆れてに言うのに、
「だって俺、クラウドに怒られるの好きだもん」
と答え、鼻を近付けてクラウドの臭いを嗅ぐザックスに、ならばお望みどおりと鼻先に猫パンチを食らわせた。

猫は、満腹になって満足したのか丸まって、普段はその顔の半分を占めているんじゃないかという位に大きな目を細めて、ザックスが眠いのか?と聞くと、にゃぁと答えた。
「じゃあ俺も寝ようかな」
「寝るなら早く帰れよ……」
つっけんどんな事を言うくせに、本当に帰ってしまわないか、クラウドはちら、と目を開けて確認する。ザックスは勿論帰る気はないのだが、クラウドが自分を見たのに気を良くして鼻を寄せた。
クラウドは煩そうに身体を震わせ、調子に乗るなと小さな声で鳴く。
「どうせ雨が止んだら、あんたはこないんだから」
あんたの一番はどうせあの飼い主で、俺なんか雨で相手にしてもらえない間の暇潰しでしかないんだからと、ぼそぼそとしかも途切れ途切れの言葉は聞き取り悪かったが、おおよそこんな趣旨の事を言ってからクラウドは目を閉じた。

















5.
……その日いつものように裏口から帰ってきた犬は、よく躾けただけあって、さすがに飼い主を噛むまでには至らなかったのだが、歯茎を見せ精一杯威嚇する犬に俺は為す術なく、とりあえず雨水を拭くために持ってきた雑巾を横に置いた。
犬は、最近ご執心だった小さな猫を銜えていたのだが、当の猫は(恐らくこの猫がいつもいる庭の裏からだから、結構な距離を銜えられていたのだろうが)起きる様子もない。ザックスが優秀なのかこの猫が器用なだけか。ザックスが口から離して床に置いても猫は眠ったまま。
とにかく二匹揃ってびしょ濡れで、とりあえず拭いてやろうと猫に手を伸ばしただけでこの有様。この……いい度胸だ。
こんな反抗的な態度はザックスがまだ子犬の頃、踏めば音が出るお気に入りの玩具を、うるさいからと取り上げようとした時以来だ。今にも噛み付かんとする犬に、「待て!」と命令する。
いくらおまえでも飼い主には逆らえまい。未だ興奮しているが、吠えないのだけは褒めてやろう犬よ。
ザックスがおとなしくしている間に、子猫を拾い上げ雨水を軽く拭ってやる。ちなみにまだ起きない。……野生にしては図太すぎないか?
猫は横において、俺の言葉どおりちゃんと待っていたザックスに、よしと声を掛けて、犬のバスタオルで長毛についた水を軽く拭う。行っていいぞ、と言っても犬は猫の周りを円を描くようにうろうろしている。
そこまでこれが気にいっているのかザックス。しかし俺の気のせいでなければ、こいつは間違いなく雄……だと思うのだが。それ以前に猫、では?

だいぶ後に目を覚ました猫は、見慣れぬ風景にやっと異常を悟り、一時鳴いていたのだが、ザックスが鼻先で突いたり舐めたりしている内に落ち着いたのかまた寝てしまった。適応力はかなりのものだ。しかも猫が陣取っているのはザックスのハウス代わりのクッションであり……いや、おまえがいいなら良いんだと犬の頭を撫でた。
俺は俺で、すがるようにこちらを見る犬にほだされて、嫌々ながら本社にキャットフードと「猫の飼い方」の本を送る様にと。あとはトイレか。爪磨ぎも?……は?宝条?馬鹿か繋げるな。
不快な単語を耳にしてしまったので、用件だけ述べて早々に受話器を置いた。後ろでぎゃーぎゃー騒いでいた奴らの事なんぞ知るか。




















6.
飼い主が受話器を置いた横で、とりあえず追い出される心配はないとわかったのか、さっきまでの犬らしからぬ反抗的な態度はどこへやら、えらく神妙な顔のザックスが待ての姿勢で待機している。
「まぁ、一匹くらい増えたところで変わらんしな」
愛犬の頭を撫でてやれば、言葉を理解したのか尻尾が(それでも控えめにだが)揺れた。思わず飼い主の口元が緩み、ため息とも微笑ともつかない僅かな息が漏れた。
ハウスを占領され心なしか所在なさ気に尻尾を振って付いてくる犬に、朝食の残りの食パンの耳を投げてやる。
構ってくれるのかと喜んだ犬は嬉しそうに落ちていたボールを銜えて持ってきたのだが、可哀相にぬか喜び。飼い主は新聞を読んでいて気付かず、今度は猫の所へいってみるのだが、寝ているところにちょっかいをかけたので鼻先に猫パンチを食らい慌てて顔を引っ込めた。さっきキャッチしたパンの耳をこんこんと眠る猫の前に差し出す愛犬に、存外尻に敷かれるタイプだったのかと(目があってしまってはまた犬に新聞を読むのを邪魔されてしまうので)密かに横目で観察していた飼い主は驚いた。
見ていて微笑ましい事この上ないが、犬のなかの順列が、まさかあの猫より自分が下ではないかと少し危うんだ。














7.
〜あらすじ
野良猫クラウドのあまりの可愛さに、犬・ザックスは思わずお家にお持ち帰り。飼い主の公認も得て、晴れて一人+二匹の生活がはじまったのでした?

あ、と思って俺は顔をあげた。くんくんと鼻を鳴らす。
誰か来た。足音はしないけど、セフィロスでも俺でもクラウドでもない臭いがする。なんかすごく……お風呂に置いてある洗剤みたいなつーんとする臭い。
俺、この臭い嫌いなんだ……。
セフィロスも気付いたらしくて、新聞を置いてすごく怖い顔をした。
クラウドは俺のベッドが気に入ったらしくて、ずっと俺のベッドで寝てる。あんまり構ってくれない。でもいいんだ、ずっとクラウドが傍にいるから。
セフィロスが俺の頭を撫でて、おまえは優秀だが、番犬としては失格だな、と言う。……失格?
なんか悲しくなって尻尾も垂れてしまったんだけど、セフィロスの後をついてく。
部屋を出た廊下のところに、人間がいた。嫌な臭い。でも知らない人間じゃないから、セフィロスが良いって言わなきゃ吠えたら駄目なんだ。
嫌な臭いのするその人は、ひさしぶりだな息子よ、と言った。うわ、セフィロス、今すげぇ機嫌悪いよ……。
「おや、これはサンプルZ」
確かにこの人、嫌な臭いするけどさ。俺は嫌いじゃねぇよ。私は優秀なサンプルは好きだよ、って言いながらいつも頭撫でてくれるし。
セフィロスの言うこと聞いてるから、人間の言葉はだいたいわかるんだけど、サンプルってなんだろっていっつも思う。
でも、「優秀な」って褒めてんだよな?セフィロスがいつも俺に言ってくれるもん。
「ほら、土産だ。サンプルZや、おやつだよ」
って言いながら、その人が骨みたいなのを差し出した。くんくん匂いを嗅いでみた。……うん、この人は嫌な臭いするけど、これは美味しそう。
「ザックス!!」
ばし、とセフィロスに鼻を叩かれた。
慌てて顔を引っ込める。
こんだけされても鳴かない俺って、偉い。
「そんなに警戒せんでもいいじゃないか息子よ。今開発中の犬のおやつだ」
「世界中の犬を根絶やしにでもするつもりか」
「まったく、頭のかたい息子はこれだから……」
この二人の会話って、ぼそぼそしてるし早口だし難しいから何言ってるからわかんないんだよな……。
「おまえが猫を飼いだしたと言うから、父がせっかく贈り物を持ってきたと言うのに……」
猫って、クラウド?
「口に入るものはいらん」
「言うと思ったから持ってきていない。今日持ってきたのはこれだ」
あれ?いつの間に床に箱なんか。
恐る恐る鼻を近付ける。
「おまえがこの前うちの研究員に頼んだリストを見てな。猫用キャリーバッグがないのに気付いたんだ」
クァックァックァッて、この人の笑い方、すげぇ耳痛くなる……。
で、この箱はこの箱でなんか臭いけど、大丈夫なんかな?















8.
テレビのお天気キャスターが、天気図を背に生き生きと予想より早い梅雨明けを告げる。
ザックス、と飼い主は愛犬の名前を呼んだ。
「明日は晴れるそうだ」
相変わらずハウスを猫に占領されがちな犬は、ソファの上に乗ってはいけないという躾を従順に守り、新聞を広げる飼い主の足元で丸まって目を閉じていたのだが、飼い主に名前を呼ばれた途端にばっと身体を起こした。
耳がぴん、と飼い主を向く。素直な犬の反応を微笑ましく思いながら、飼い主はもう一度ゆっくり言った。
「明日は晴れるそうだ」
飼い主の言葉がわかったのか、犬ははち切れんばかりに尻尾を振り、前脚を飼い主の太ももに乗せ、目を輝かせてべろべろと飼い主の顔を舐め回す。
「こら、ザックス。肉球が……」
立ち上がれば自分の腰より高くなる犬の体重が一手に太ももにかかり、まるでマッサージの様に肉球がぐりぐりと食い込む。加えて顔中舐め回す容赦ないスキンシップ。
若干押されがちな飼い主の迷惑そうな声(しかし口元は笑っている)とザックスの爪がフローリングを叩く音に、わざわざ用意したケージにもベッド用クッションには見向きもせず犬のハウスで眠っていた猫が、何事かと顔を上げる。
「……おまえもくるか?」
目があって、犬を相手にする傍ら、セフィロスが猫にちょいちょいと手招きする。
猫がにゃぁ、と一声鳴いた。
鳴き声に反応して、犬がぴたりと舐めるのを止めた。振り回していた尻尾がぺたん、と下に落ちる。
飼い主の太ももに半分乗り掛かっていた犬がぴょんと飛び降り、また眠ってしまった猫をじーと見ている。
「……何を言われた?」
猫語も犬語もわからないが、セフィロスは急におとなしくなった愛犬に、思わずそう問いかけた。















9.
晴れるという事はすなわち外に遊びにいけるという事。梅雨の間中屋敷の中を走り回っていた犬は、もういい加減黴臭く荷物が積みあがった狭い廊下でのゴキブリ取りも、ネズミ取りにも飽きて、広い場所で飼い主と一緒に遊びたくてうずうずしていた。
久しぶりに気持ちのいい快晴の朝、台所で飼い主が弁当を詰める後ろをうろうろしたり足にまとわりついてみたり、食べ物の匂いに釣られて立ち上がって弁当に鼻を近付けると、駄目だぞ、と叱られた。
くぅん、と鼻を鳴らし、とぼとぼとハウスに戻り、猫の隣に横になる。
「……何してるの、あの人」
「弁当作ってんの。出かけるから」
いい匂いするだろ?と言うと、興味津々でクラウドもちょっと顔を上げた。
「……そういえば、あんた晴れた日はいっつもどっか行ってたな」
「うん。車でちょっと行った所にいい原っぱがあるんだよ。そこでフリスビーして遊ぶの」
「フリスビー?」
それって楽しいのか?とクラウドが首をかしげる。
「楽しいよ。褒められるし。俺って優秀だから」
得意気にぴくぴく鼻としっぽを動かすザックスに、クラウドの興味なさそうな反応は言わずもがな、今更ザックスも気にしない。
「それってさ、俺も行くのか?」
にゃぁ、と言う鳴き声に不安の色。ザックスは振っていたしっぽをぱたんと下ろした。
「いく……だろ」
「……どうやって?」
「車に乗って?」
「俺、車なんて乗ったことない」
クラウドとザックスは暫し無言で見つめあう。あ、とザックスが言った。
「キャリーバッグ!」
犬は立ち上がって、部屋の隅に消臭剤と共に放置されていた段ボールを、少し躊躇した後前脚で叩いた。
すべての用意を終え、最後に犬用のおやつを袋に詰めていた飼い主はその音に気付き、顔を上げる。
ああ、忘れていたと呟きながらセフィロスはその段ボールを開封する。たまにはあいつも役に立つ、とか呟きながら。
段ボールを開けて一番上に乗っていた紙切れを鬼のような形相で破り捨て、キャリーバッグを取り出した。
幸い、段ボールほどひどい薬品臭いはしない。
「……まさか」
クラウドの耳がぴぃんと張り詰める。
「俺もちっさい頃はこんなんに入って車乗った」
「いやだ!」
にゃん!と鋭い声に、ザックスが慌てる。
「だ、大丈夫だって。これ、そんな臭くないし……」
ひょい、とセフィロスが猫を摘み上げる。
「絶対嫌だ!」
力のかぎり暴れ、上げた抗議の声虚しく(猫の言葉は人間には通じていないのだが)、遂にキャリーバッグに入れられた元野良猫は、車に乗せられても往生際悪くにゃーにゃー鳴いていたが、やがて疲れたのか、目的地に着く頃には眠ってしまっていた。












10.
ザックスの最もお気に入りであるビニール製の骨は、最近猫にばかりご執心で愛犬がすっかりつれなくなったことに業を煮やした飼い主が取り出したる最終兵器。
一度押せば音が出るフエ付きである。
英雄自ら躾厳しく育てた甲斐あって、幼少のころから培われた犬の鋼の自制心、めったなことでは驚きません吠えません。
しかしそんな犬も本能にはかなわない。日向ぼっこをする猫に寄り添って(この猫の愛想無いこともまた極まりない)うとうとしていたザックスに、性の悪い飼い主は手の中で弾力性に富んだ骨を握り潰した。
ぴぅ、と一つ高い音がセフィロスの手から漏れ、はた、とザックスの尻尾が反応した。途端に今までいかにも眠そうだった耳が絞られ、俊敏さが身上の四肢がすくっと伸びた。
突然起き上がった犬に、猫がまん丸の目を見開く。
みゃぁ。
かぼそい抗議の声に気を取られた犬に、だめ押しとセフィロスは口元を弛ませながら骨を足元に転がした。
フローリングを叩く音に、犬の興味が骨にいく。
「ザックス」
名前を呼ばれて従順な犬は飼い主の顔を見て、しかし床の骨が気になって仕方ないのか尻尾を忙しなく動かした。
散々焦らしてセフィロスは足で骨を踏む。
ぴゅうう、と長く音がなって、ザックスが興奮押さえ切れずワン!と鳴く。
「ザックス!」
セフィロスの怒る声も笑いを含んでいて、ザックスは久しぶりに聞く飼い主の怒声に一瞬怯んだのも束の間、前足で骨を掻き寄せた。
「可愛いな、おまえ」
と久々に飼い犬の興味を引き戻したセフィロスはひどくご満悦、犬を撫でる後ろで猫がにゃあ、と一声鳴いた。




































(家主のいなくなった屋敷で。)
「猫はどうしましょう」
『猫?』
電話口から科学者の怪訝そうな声がする。ややあって思い当たる節があったのか、ああ、猫、猫な、とぶつぶつ何か言っている。
ルードは僅かに眉を寄せた。後ろでは捕獲の過程でサンプルに噛まれた負傷者の手当てに救護班が走り回っていて、宝条の声はややすれば雑音にかき消されてしまう。
低く抑揚のない声、と言葉にすればルードの直属の上司と変わらないのだが、なぜここまで聞き取りにくいのか。いや、むしろあの喋り方であそこまで相手を威圧する上司の方がおかしいのか。
『ただの野良猫だ。サンプル以外必要がない。適当に処理しておけ』
予想に違わぬ回答だった。しゃべり方は不明瞭なくせに、いらんところだけは明確なのだ。あの変人は。
ルードはヘリに運ばれていくケージに目をやった。中には鎮静剤をしこたま打たれてぐったりとした犬がいて、その隣には毛を逆立てた金色の子猫が寄り添い、周りの人間たちを精一杯威嚇していた。
おそらく今は触ることすらできないだろう。殺せと言われれば、出来ないことではないのだが。
「セフィロスには猫も連れて帰るよう言われましたが」
『……ん?』
こんなとき相棒がいれば、きっと話は早い。殺そうが保護しようが、たかが猫一匹だと言うだろう。こんな電話をしている間にも、あんたが連れて帰りたいんならさぁ、猫くらいつれて帰ったって首とばねーよとつまらなそうに言いながらとっくにヘリに乗っている。
『…まぁ、好きにすればいいさ。どうせアレはウータイだ。当分ここには戻らんよ』
宝条の気色のない声に続くツーツーという電信音が、会話が終わったことを告げる。ルードは小さく息を吐いて、破れたスーツの袖をさすった。
何とも情けない報告を上司にしなければならない。捕獲対象のサンプルではなく野良猫に腕を引っ掛かれましたといえば、おそらく相棒の退屈は紛れるだろう。そんなつえぇ猫がいるんなら俺もいきゃあ良かったと面白がって、面倒だからと人に任務を押しつけたことを少しは後悔するかも知れない。
だとしたら少しは溜飲が下がるとルードはヘリに乗り込んだ。