何でも屋の仕事で少しの間家を空けていて、ザックスにとって久しぶりのミッドガル、帰ってきてそのままにクラウドと連れ立ってセブンスヘブンにふらり寄り、べろんべろんに酔っ払って、そこから更に家でウイスキーを開けてして、気が付いたら朝だった。
大きな仕事が片付いた後の解放感か久しぶりに恋人と過ごす時間がテンションを高めたのか、あそこまで飲んだのはザックスも久しぶりだった。
クラウドもそれに付き合って結構飲んでいたと思う……というのも、実はセブンスヘブンで飲んでいた頃からザックスの記憶は所々欠落している。
にも関わらず、誰からもストップがかからなかったのは、ザックスもクラウドも酒豪の上に酔いが顔に出ないタイプだからだ。
クラウドと二人終始ハイペースで飲み続け、もう閉店の時間だというティファに笑顔で手を振って、家に帰ってまた飲んで――もうこの辺りの記憶は完全はない。
床で目を覚ましたザックスは、案の定の酷い二日酔いと、就寝時の無理な体勢がたたって身体が軋むのに眉をしかめた。二日酔いとは違う不快感に頭をさすれば、後頭部に立派なこぶまで拵えていた。
どこで頭なんて打ったのか。ちょっとやそっとでこぶができるような柔さではないのだが。
そのまままわりを見渡して、融けた氷でできた水溜まりと空のボトルとグラスが転がる惨状にうんざりする。
ただ、そんな中でクラウドがちゃっかりベッドで寝ていたのに気付いて笑ってしまった。
ザックスと同じ位飲んでいたはずなのだが、まだ限界には達していなかったのだろうか、クラウドの格好を見るに、どうやら風呂に入って着替えまでしている様子。
すげぇ奴だなと感心しながら、名前を呼んで軽く揺すると、しばらくしてから反応があった。さらにしばらくたってから、やっと頭を抱えて起き上がり、一言水、と呟いた。
恋人の仰せのとおりと、ザックスがのそのそと持ってきたグラスを受け取って、「飲み過ぎた……」と呟くクラウドの声には悔恨の色。
ある意味とても珍しい貴重な光景ではあるが、残念至極、ザックス自身も似たような状態なのでいつもの調子でからかうには至らない。
「おまえさぁ」
「……なんだよ。頭痛ぇんだよ畜生」
「自分ばっか着替えてベッドで寝てるとかひどいだろ……俺も助けろよ…」
「ひどいとか以前に覚えてねー…」
あーもう駄目、と言いながら言葉の途中でクラウドはシーツに身体を預けた。
二日酔いで機能しない頭で、それでもお互い会話を試みてはいるのだが、頭が働かないから言葉も出てこなくて会話は間延びし放題、口を動かすことがひどく重労働に思えて仕方ない。
「覚えてない……ってシャワー浴びといてか?」
俺も入れてとザックスがクラウドの横に転がれば、狭いと言ってベッドから押し出された。
がこん、と落ちた頭に床がぶつかって、さしもの元神羅のファーストソルジャーも二日酔いの頭にきた殴打の衝撃には勝てず悶絶した。
「あれ……?いつシャワーなんか浴びたんだ俺……」
当のクラウドは、ザックスに痛恨の一撃を食らわせたことにも気付いていない。
ザックスに言われて初めて自分がシャワーを浴びて寝たことを知ったクラウドは、低く呻くザックスを無視して、記憶の糸を手繰り寄せるのに全力を傾けている。
「ティファのとこから帰ってきたのは覚えてる、おまえ酔ってただろ、やたらくっついてきやがって恥ずかしいんだよ……」
可哀相なザックスは床で頭を抱えてそれどころではないのだが、クラウドは知ったことではないと無視を決め込んでいる。
「家でまた飲みなおしたよな?あれは夢じゃないよな?あー、そうだ、おまえがくっついてきたから一発殴って……もうその辺から覚えてないけど……」
ぶつぶつ呟くクラウドに、漸く後頭部のこぶの原因を悟ったザックスが、よく死なんかったなぁ俺、と床で呻いた。
ならばこれは二撃目か。
ばかすか殴られて馬鹿にでもなったらどうすると、自分の頭を心配する。
「どうせおまえ手加減せずに殴って……どうした?」
ベッドの縁に腕を乗せてぶつぶつ言いながら上半身起こしたザックスが、ん?とクラウドを見て首を傾げる。
クラウドは胸元辺りに手をやって、怖い顔で天井をにらんでいた。まさかザックスを殴ったのを気に病むような性格ではないから、えなに、なんかあった?と焦って訊ねた。
「ない……」
「え?」
さっきまでの鈍重さが嘘のように思い切りよく立ち上がったクラウドは、ベッドから下りてところで立ちくらみして座り込んだ。
一瞬フォローが遅れたザックスが、慌ててしゃがみこんだクラウドの傍まで這っていって背中をさする。
「大丈夫か。どした、なんかないんか?」
「指輪……」
「え?」
「指輪がない……くそっ」
振らなきゃいいのに頭を振って立ち上がったクラウドは、再び頭痛に襲われて壁に手を付きながらシャワールームの方に歩いていった。
見えなくなった辺りで、思い切り何かを蹴り飛ばした音がする。うわ、とザックスは思わず目を覆った。
しかし指輪、と反芻して、ザックスは漸く合点がいった。
何年か前に自分があげた安物の指輪だ。
自分で買った指輪は常につけているくせに、ザックスがやった指輪だけはバスターソードを握る時に邪魔だとかで、常にチェーンを通して首につけていた。
「あった?」
脱衣場には洗濯物を入れるバスケットが転がっていて(おそらくこれがさっきの音の正体だろう)、籠から飛び出たらしいクラウドの脱いだ服とタオルが一まとめにして隅に積まれていた。
その横で棚の下に頭を入れたクラウドの、くぐもって力ない否定の言葉が返ってくる。
「シャワー浴びるとき外してるんだっけ?」
「普段はな。昨日は覚えてないけど……たぶん外したと思う」
「ティファの店に忘れてるとか」
「ないとは思うけど……」
「一応電話して聞いてくるわ」
酔った勢いで粗相してないか気になるし、というザックスの心配は杞憂だった。
電話口に出たティファは、泥酔して記憶がない、よもやティファに迷惑を掛けていないだろうかと謝るザックスに本気で驚いた。
『そういえばいつもよりクラウドのガードが甘いなぁって思ってたのよ。人前にしてはくっついてるなぁって』
電話ごしの楽しそうなティファの声に、頼むからあまりその事には触れないでくれと手を合わせた。
二人が昨晩そこまで酔っていたとはまったく気付かなかったと言う彼女は、酔いが顔に出ないのも良し悪しね、と苦笑する。
『マリンが掃除してくれてたけど、ネックレスも指輪の忘れ物もなかったわよ』
お酒もほどほどにね、と笑われて、ザックスも釣られて苦笑した。まったくだ。もう若くもないのに。
電話を切って戻ると、クラウドは捜索範囲をキッチンにまで広げていた。
何故か食器棚の中をあけて一つ一つ見ているクラウドの手元を覗き込む。
「見付かった?」
「いや……」
「じゃあ俺、ベッド片してリビングの方探してみるわ」
「頼む」
了解、とこちらを見ないで必死に探しているクラウドの背中に手をふった。
物をなくすのは、どちらかというとザックスの専売特許だった。クラウドに貰ったプレゼントの類も割とあっさりなくす時はなくしていた様に思う。
別にクラウドのプレゼントを無碍にするとかそんなことではなく、元来の大雑把な性格と高給取りで物に対する執着が薄かったせいだ。
今回のクラウドではないが、会社のシャワールームで外してそのまま、とか。
反対にクラウドは、神経質な性格も手伝ってかその辺はきっちりしていた。
自分が物をなくすのは日常茶飯事、そうなると大抵、あのあたりに置いたとかどのあたりに放置してるとか大体目星も付けやすいのだが、今回はいくら癖を熟知しているとは言っても他人のこと、しかも酔っ払いのすることは予測不可能。
可能性は低いが、セブンスヘブンから帰る途中の道すがら、チェーンを引きちぎっていてもおかしくない。
念のため、とザックスはベッド周りやクラウドが寝ていたシーツも全て外して探してみたが、それらしきものは発見できなかった。
リビングに戻って転がる空瓶とグラスを拾い、テーブルの下を覗いて失望感を感じているところに、そっちあった?とクラウドがキッチンの方からひょいと顔を出した。
ちょうどザックスは、ソファの上が定位置の、専らうたた寝時に枕代わりに利用されるハート型のクッションとタオルケットを持ち上げたところで、クラウドの問いに答える前に一度ソファの上を見渡して、念のため手のひらでソファの窪みをさらってもみたが、リビングにはないなぁと首を振った。
「そっか……」
ため息を吐くクラウドは、二日酔いの疲れを差し引いて見ても元気がない。
床に落とした視線を忙しなく四方に巡らせながら歩くクラウドが次に開けたのは寝室のドアで、後をついてきたザックスが、そこはもう探したけど、と頭を掻きながら言う声も耳に入っていない様子。
性懲りもなくベッドの下を覗きこんでいた。
「なー、クラウド、とりあえず飯でも食おうぜ。そのうちひょっこり出てくるって」
「…………」
「クーラーウードー」
「食欲ないからいい」
「フルーツ盛り作ってやるから」
「気分じゃない」
ザックスのご機嫌取りにも取りつくしまないそっけなさで返す。指輪くらいまた買ってやるから、と言ってみても、いらない探すから、の一点張り。
「クラウドー。なー、せっかくの休みなんだからさ」
「……………」
しつこいと言う罵倒の代わりに顔面狙いすまして枕が飛んできた。
片手で受けとめたそれを両手で抱え、今度はザックスが憮然とする。
ザックスとしては、自分のあげたプレゼントを大切にしてくれるのは嬉しいのだが、これでは目的と手段が入れ替わっているのではないかという気が否めない。
二日酔いが酷いとはいえせっかくの休み、こんなぎすぎすした空気で家捜しなんてやってるより、一緒ににこにこ過ごしたいのに。
「クラウド」
ため息をついて枕をベッドの端に置く。
捜索済みだと言っているのに未だシーツの下をまさぐっているクラウドの後ろから抱きついて、そのままベッドに倒れこんだ。
ぐえ、とタッチミーの潰れた様な声がしたが気にしない。
「何すんだよ……!」
朝ベッドから落とされたことに比べればこれくらい可愛いもんだろうと、密かに根に持っていたことはおくびにも見せず、身体の下から這い出ようとするクラウドの両手首を押さえ付けて項にキスをする。
そんな気分じゃないんだよ!頭痛いし!と噛み付いてくるクラウドの声がザックスの二日酔いの頭に直撃して、こいつほんと元気だよなぁと頭痛を我慢しながらザックスは呆れた。
「あのな、クラウド。確かに指輪大事にしてくれるのは嬉しいけどさぁ、俺はおまえを喜ばせたくてあれをやったわけで、苛々の種にされるのは不本意なの」
「べ、つに苛々なんか……」
「ついでにせっかくの休日をそれで潰されるのはもっと嫌だしな。指輪なんてまた買ったらいいんだし」
「………う」
「大体二日酔いで頭痛くてしんどいのに、プレゼントなくされた上おまえが機嫌悪いって、俺どんだけ罰ゲームな気分か……」
「わかっ…た!わかった!」
くどくどと自分の拗ねた幼稚な行動を並べられ恥ずかしくなったのか、クラウドがザックスの言葉を遮ろうと手足をばたつかせる。
はいはいいいこ、と笑いながらあやすように頭を撫でてやるとおとなしくなった。
調子に乗って脇腹を撫でたら、肩を回して肘を入れてきたので慌てて手を離した。冷たい目でにらまれる。
「飯にするんじゃなかったのかよ」
「……すみません、クラウドが可愛かったから調子にのりました」
ぱっと両手を離して身体をどけると、クラウドが重かったと言いながら寝返りを打つ。
顔色は悪いが表情はがらりと一変していた。
よかった、とザックスは顔には出さずほっとする。
ザックスのクラウドを想う心知らず、機嫌を直したクラウドはいつものペースを取り戻したらしい。
とたんに眉をしかめ、
「つかザックス、先にシャワー浴びてこいよ。汗臭いし酒臭い」
と容赦ない。
「おまえな………」
あまりに勝手な言い種に、ザックスが呆れて言葉を失う。クラウドがくくっと楽しそうに笑った。
「早くしろよ。フルーツ盛り」
「食欲ねーんじゃなかったのかよ」
変わり身の早さを嘆くザックスに、腹減ったーとクラウドの笑い声が掛けられる。
脱衣場の隅に盛られたタオルの中から、チェーン付きの指輪が見つかるのはその2分後。