クラウドが部屋を出た時分にはまだ僅かに雲間からのぞいていた陽の光も、今やすっかり厚くどす黒い雲に埋められ見えなくなっていた。さぁ夕立が来ますよ、と空全体でじりじりと警鐘を鳴らし始めてもう小一時間は経つだろうか。ふいに聞こえた不穏な音に、コンビニの中で適当に菓子パンと雑誌とジュースを見繕っていたクラウドはガラス越しに空を見上げた。
気のせいですまされないほど近くまで雷が来ていた。通りを行く人たちが一瞬ちらりと空を見上げて、歩調を早めて去っていく。
クラウドは棚に戻しかけていたチーズクラッカーを、もう一度籠に入れた。ザックスの好きなお菓子だ。コンビニに行く度にやたらこればっかり買ってくるから、覚えてしまった。
空いた手を少し遊ばせてから、ジーパンの尻ポケットの携帯を取り出して開いて暫く考えて、やっぱり、とつぶやいた。ぱたんと折り畳んで、それでも少し躊躇する。
所在なさ気に携帯の外部ボタンを指で弄ったあと、掴んだビールと一緒に籠の中に放り込んだ。
喧嘩の発端なんぞ、今さらクラウドもザックスも覚えていようものか。二人して折れるタイミングを失った末に、俺帰るわ、とクラウドが申し出たのは、ザックスの優しさを信じたクラウドの賭けだった。自分から謝れば良いとは思っているものの、いざ謝るとなると、何を謝れば良いのか、そもそも謝るという行為自体がなにか的外れな気がした。
甘えだと自覚しつつも、クラウドが期待したのは、ザックスの帰るなよ、という一言だった。しかし不機嫌を隠そうともせず煙草に火を付ける彼の背中からは勝手にしろよの言葉もなく、ただ後味の悪さだけを胸にクラウドが寮に帰ったのが昨日の夜中。
せっかくのオフだった。
半年ぶりかに休みが重なって、久しぶりに一緒にいれると肩に力をいれすぎたのがまずかったのか。
原因なんかどうでもよくて、ただせっかくの休みを楽しく過ごせない惨めさに囚われる。
雨が降りそうだから迎えにきて、と言うのは簡単だった。クラウドが一時の恥さえ我慢すれば、きっとザックスは電話口で(もしくはメールであればその文面を見て)ちょっと苦笑いをして、わかったと傘を持ってきてくれるだろう。
昨日のいさかいなんて何事もなかったかのように、あ、スーパー寄って帰るかと言ってくれるに違いない。
そういう気のいい男だから。

いよいよどす暗くなる空模様に、コンビニの中にいた客たちは慌てて帰路につく。早くしないと降ってくるよ、と女が彼氏と思しき男の袖をひっぱっていた。
(早く雨が降ってきたらいいのに)
他人より意固地なこの性格で、今までどれだけ損をしてきたか。
せめてきっかけが欲しい。雨が降れば良い。
そうしたら「迎えにきて」ともっと簡単に言えるのにと空を憎々しく思うのは筋違いだとわかっていながら、ため息をついて籠の中で菓子パンと雑誌に埋もれた携帯に手を伸ばす。
その繰り返し。
寮を出てからあと10分で一時間。その間、ずっと降りそうで降らない黒い空に、クラウドはじりじりと焦らされている気がする。
ぼうっと立ち尽くし、片手だけが忙しなく携帯を開閉する。


おまえどこのコンビニまで行ってん、とルームメートの文句には立ち読みしてたと言い訳して、頼まれていたパンとジュースを投げてよこした。
ウータイまで買いに行ったかと思ったわ!と未だぶつくさ言う友人の頭を、さっさと金返せと小突いてからベッドに横になる。
シーツを頭まで引き上げて潜るのは小さい頃からのくせだ。特に嫌なことがあったときに顕著になるその癖で視界を遮断した途端に、今度はばちばちと雨が窓を叩く音がした。
「降り出したなぁ」
脳天気な友人の言葉にクラウドは眉を寄せる。
一気に堰を切って降りだした雨は、まるでクラウドが屋内に入るのを待っていたかのようだった。
悪意があるに違いないと、天候にまで恨み言を言うクラウドの沈み様は深い。
おまえ運いいなぁ、と感心する友人に、どこがだよ、と膝を抱えて小さく舌打ちした。