格好いいよなソルジャーって、というクラウドに、ザックスはああそうだな、と生ぬるいビールのプルトップに指を引っ掛けながら気のない相鎚を打つ。もう何回この手の会話を繰り返してきたか、俺もソルジャーなんだけどなと何度突っ込みたくなったか。その一番近くにいる「格好いい」ソルジャーを、ただの体の良い食事係としてしか認識していないクラウドは、ザックスの心露知らず。
勝手に人のマンションに上がり込んで、ゲームを引っ張りだして、それでも最初は遠慮して承諾なしには冷蔵庫の中身には手をつけなかったのが最近はそんな礼儀もない。元々ザックスはそんな事を気にするタチではないから、勝手に部屋にあがろうが、まだザックスが封を開けてもいない新作のゲーム(勿論買ってきたのはザックス)を先にやってしまおうが、冷蔵庫の中の一等冷えたビールを飲んでしまおうが全く構わない。むしろクラウドが遊びに来るのは大歓迎だ。よっぽど疲れている時以外は。
ザックスがため息を付きながらビールで唇を濡らすのにも、クラウドは気付かない。飲み干して空になった缶を指で凹ませ音をさせながら、視線はぼーとフローリングの木目をなぞっている。少し潤んで虚ろな瞳、酔っている様だが、決して酒に酔っているのではなくて――「格好いいよなぁ」と思い出したようにクラウドがぽつりとつぶやく。
大きな目は冴え凍る冬の朝を思わせる薄い青色、薄いピンクの唇から出る言葉は辛辣で、愛想もおべっかもない。ストイックだの、氷の心を持つだの言われ、やれ何日連続で告られたが全員こっぴどく振ったとか、将校にこぞって言い寄られたが誰一人として歯牙にも掛けなかったとか数々の武勇伝(?)を持ち、神羅軍一可愛げののない可愛い少年と専ら評されるクラウドの、こんな恋する瞳を知っているのはザックスくらいだ。
クラウドが神羅に入ったのはザックスがソルジャー昇進する少し前、ほんの数ヶ月の期間だったが、寮の同室で暮らした仲だ。その秋にはザックスがソルジャー専用マンションに移った為に同室のよしみはなくなったが、それ以降も有効な関係は続いていて、未だにこうやってザックスの酒を飲む仲――が維持されているのは他でもない、ザックスの努力の賜物だ。
最初は敬語をなくす所から始まった。同室だった頃は気にせずため語で喋っていたくせに、ソルジャーになって部屋を出た途端に敬語に戻った。クラウドが人一倍他人の目を気にする性質だったせいもある。時間を掛けてせっかく先輩後輩の壁を打ち砕いたのに、また逆戻り、しかも立場の差は年の差より大きい。食堂で久しぶりにあったクラウドに嬉しくて声をかけたら、軽い会釈で逃げられた時は泣きたくなった。追い掛けて捕まえ、そのそっけない態度はなんだよと泣き付いた。ぎこちない敬語もやめさせた。
あんたソルジャーじゃん、と視線を反らして言うクラウドに、それ以前に友達だろ!?と言い聞かせた。体裁を気にするクラウドを説得するのは、並大抵の努力じゃなかった、とザックスは振り返る。
それなのに。
「なぁ、アンタ同僚だろ?恋人いるか聞いてきてよ」
「……………」
知るか、と答えたいのを飲み込んで、曖昧に頷いた。こんな時だけ自分をソルジャー扱いするクラウドに、心のなかで涙する。
目下ザックスとクラウドの両名は大絶賛片思い中である――言うまでもなくザックスの片思い相手はクラウドであるが、クラウドの相手はザックスではない。自分が時間をかけてクラウドの友人たる地位を築いたのは、決してクラウドの恋の悩み相談室を引き受けたかったわけではないのに。
数週間前に、ちょっと相談があるんだけど、と至極真面目な顔でクラウドがザックスのマンションに来た時にはザックスは少なからず期待してしまった。
初めて会った時に一目惚れしてから苦節二年、やっと思いが通じたかと天にも昇る勢いのザックスに、クラウドは非情にも「いっつもアンタが一緒にいるソルジャー、なんていうの?」と思い詰めた顔で言い、ザックスは絶望の底に追いやられた。
たぶん、敗因を分析するに、打ち解けようとしすぎた事がよくなかったんだとザックスは思う。いい人を演じすぎて逆に恋愛対象から外れてしまう悲劇(喜劇?)は使い古されたドラマの脚本みたいな茶番劇、裏を返せばそんなシチュエーションが王道だからこそ使い古されているのた、と実際その立場におかれたザックスは実感する。
他人には自由人だの遊び人だの思われているくせに、本命には強く出れないザックスの優柔不断さも一因か、二年もそばにいて告白も出来ないのだから何とも情けない。
どうやって告白したらいいと思う?アンタって経験豊富そうだし、なんて無邪気に言わないでくれ聞きたいのはこっちの方だ、と言う泣き言は吐いた煙草の煙に紛れらせた。
「…………ザックス」
思い詰めた声音にどきりとして、胸が詰まる。何?と辛うじて応じれば、クラウドはしばし考えたあとぷいと視線を逸らした。
胸が痛い。
好きだと言えればどれほど楽か。自分も相当思い詰めていると思うのだが、悲しいかなクラウドは気付いてくれない。
取り持ってやろうかと申し出たザックスの心のなかは、言葉とは裏腹にどうやってかき回してやろうかと真っ黒だった。クラウドがそんなザックスの企みに気付く由はないのだが、いいよだって俺の問題だし、とたぶんザックス以外見た事がないだろう物凄くきれいな顔で笑うので、ザックスは己の汚さとか意気地のなさとかで余計に所在なかった。
それから今のところはどうやら何の進展もないようなのだが(クラウドたち一般兵とソルジャーが接する機会なんて限られているので)、それもいつまでもつかザックスは気が気でない。
冷めているとの周囲の評価を裏切って、実は中々情熱的な部分を持つクラウドが行動に出る日はきっとそう遠くない。自分が行動に出るより、きっと。


そうやってある程度予想していたとは言え、俺今日告っちゃった、とビールを一気に煽ってクラウドが言った時に、ザックスは思い切り動揺して、口に持っていこうとフォークに刺していたチキンフライが床に転がり落ちた。
「……何してんだよ」
呆れた目を向けられてザックスは我に返り、悪いと言いながら新しい肉を突いた。どうだったんだよ、とできるだけ冷静に聞いたつもりだったのだが、実はちょっと震えていた。
珍しく今日は外で飲もうとかクラウドが言うから、遂に来たと思ったら案の定。週末の店内は客で賑わっていて、ザックスとクラウドはわりと店の奥のカウンターに陣取っていた。それぞれの席で話題に花が咲いていて、ザックス達を気に掛けている者はいなかったが、もし鋭い人間が見れば、その二人の間の微妙な雰囲気に気付いたかも知れない。
うーん、とクラウドが思案して眉を寄せる。
「……内緒」
どんな生殺しだ、とザックスは思った。知らぬ間に噛んでいた唇を舐めるとうっすら鉄の味がした。
持っていたフォークを思わず曲げそうになってきて、あわてて手から離し、皿に置く。言えよと問い詰めたくなる気持ちを押さえ、なんだよそれ、と苦笑する。
「いいじゃん、今更さぁ。隠すことかよ」
根が素直なクラウドのこと、きっとうまくいったならうまくいったと言うだろう。言い淀むということは、色のいい返事をもらえなかったと想像はつく。想像はつくが、クラウドの口から聞きたかった。駄目だったんだろ、と出来るだけ優しく言った。ポーカーフェイスならお手のもの、もう二年も仮面を被ってきたんだから。
うん、とクラウドが頷いた。緩みかけた口元を引き締め、泣いているのか笑っているのかわからない表情のクラウドの背中を、ザックスはぽんぽんと叩く。
「んな顔すんなって、な?」
もういっぱい飲む?と聞くとクラウドはもう一度頷いた。ザックスは嬉々として(態度にはおくびにも出さなかったが)クラウドを慰めるふりをしながらやたら肩とか髪にべたべた触ってクラウドが抵抗しないのを良いことに仕舞いには抱きつき、なぁ、と囁いた。
「じゃぁ俺は?」
ムードも何もあったもんじゃない、ただ酒の勢いを借りて弱ったところに付け込んだだけ。酔ったふりをしてザックスは全然酔える気がしなかった。ただ体だけが熱かった。
囁かれてはっとしたクラウドは酒で潤んだ目でザックスを見た。何度かまばたきして、長い金色の睫毛が瞳にかかった。
「……それって」
クラウドの唇が動いて、アルコールで高くなっていたザックスの体温が下がり、心臓の音がやけに大きく聞こえた。酒に頼った事をザックスは強烈に後悔したが遅かった。クラウドの大きな瞳から逃れる術を知らず、ザックスは冷たくなった指先を鉛のように重く感じていた。