ザックスもクラウドも、お互い付き合うのが初めて、とかじゃなかったから。
お互いに過去もあるし言いたくない事も言う必要のない事もたくさんある。そんな事は暗黙の了解、百も承知。今更、何を言うか。
神羅では有名な者同士、片や神羅のエリートソルジャー、名声と同時に浮き名も流しているザックスに、片や神羅軍一のストイックな美人(とへたに本人を前に言ってしまえば容赦ない一発が向こう脛に入るので、誰も面と向かっては言わないが)クラウドのカップルは、付き合いだしたその日から「何日目で別れるか」、なんて賭けが流行ったくらい、見た目、性格、出身地までまったく正反対の二人だった。絶対にうまくいくまいよ、と誰かが言えば、違いねぇと囃声が飛ぶくらいの。
しかし周囲の大方の予想を裏切って、二人は今現在も仲睦まじく、いいお付き合いがつづいているらしい、曰く神羅の名物馬鹿ップル、と。
来週でもう一年だと言うザックスの言葉に、たとえ自陣に手榴弾を投げつけられようがブービー・トラップに片腕を持っていかれようが冷静な判断力を失わないはずのソルジャー集団が、あろうことかどよめく。
同僚達の反応に些か憮然としていたザックスだったが、どーせおまえばっか喋って呆れられてんだろ、と隣に座っていたベケットに小突かれ、ばーかといつもの尊大な態度を取り戻し、鼻で笑う。
無口で無愛想、そして生真面目。訓練も任務も黙々地道にこなすクラウドと、とにかく型破りで自他共に認める自由人ザックスの間にどんな会話が成り立っているのか、そうでなくても人の恋路には茶々を入れたくなる、首を突っ込んでしまうのが世の常人の常。目立つ二人組みゆえ付き合い自体は知られていても、無口なクラウドはともかく、余計な事はうるさすぎる程喋るザックスも自分のことはあまり話そうとしないから、2人の関係は傍から見れば謎に包まれている。そのせいか、ザックスが少しでもクラウドの話題を口にすると、異様に皆の食い付きが良くなる。
「俺とクラウドはラブラブなんだっての。それにあいつだって結構しゃべるし」
「クラウドが、か?」
「へー、意外」
と皆好き勝手に口々に感想を述べる中心で、ザックスはふん、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
なんたって恋愛に関しては決して真面目とは言い難いザックスが、この時ばかりはと真剣に押しに押しまくってゲットした最愛の恋人がクラウドだ。
しかもクラウド、ザックスと付き合うまでの恋愛遍歴がまたすごい。目撃されているだけでも兵器開発部門主任に特殊部隊の部隊長、社長の前秘書の名前があがる。タークス主任と夜の繁華街を歩いてたなんて噂もある位で、とにかく枚挙に暇ない。つまりはそう、一般兵にも関わらず、ソルジャーたるザックスにとっても高嶺の花だったのだ。クラウドは。
「でも金かかりそうだよな、あいつと付き合うと」
ぽつりと誰かが言った言葉に、会していた一同が一斉に頷く。
そうか?とザックスは首を捻った。
似たような事はよく言われるが、本当のところ、ザックスが今まで付き合った中で一番金の掛からない相手がクラウドだ。
華やかで目を引く、気の強そうな顔立ちで、決してプライドが高いわけではないのだが頑固で強情、付き合う相手が年上のお偉いさんや金持ちばかりだから、間違ったイメージをもたれがちであるが、実際のクラウドは至って堅実派。ミッドガルに出てきてもう3年になるらしいが、薄給をやり繰りして故郷の母親に仕送りをし、細やかながら貯蓄もしている。趣味といえばチョコボレーシングくらい。それもお金がないから予想だけ、なんて寂しいもんだ。
休日はザックスのマンションでゲームやらDVDを見て過ごし、食事は安い飲み屋かファーストフード、たまにザックスが誘ってソルジャー御用達のレストランに連れて行けば、こんな高そうなところ、と戸惑う顔を見せるのがなんとなく初でザックスの胸は始終高鳴りっぱなし。
こーゆーところ、来たことない?と自分の意地悪さを自覚しつつも尋ねれば、何回かあるけど……と、ごにょごにょと言いにくそうに言葉を濁す。それから困ったようにザックスを上目遣いで見て、
「値段ばっかに目がいっちゃってさ、味わかんないんだよ……落ち着かないし」
とまぁ、なんとも可愛らしい事を言う。
クラウドの事をどうにも誤解している連中に、どれだけ彼がよく笑いよく喋り、その笑顔が可愛いか熱弁を振るいたい気持ちに駆られるのだが、反面、あんな顔をするクラウドを自分以外には知られたくない複雑な男心。同時にそれは、自分だけが本当のクラウドを知っている、という優越感。
だからザックスは同僚の言葉には、そんなことねぇよ、と控えめに否定するに止めた。
ほんとかよ、やっぱ尻にひかれてんじゃねーの、とにやにや笑う同僚が、なぁ、と話を振ったのは新人のソルジャー3rd.、ついこの間まで一般兵だった彼は、クラウドとも知り合いで、ソルジャー昇進以前からクラウドを通じてザックスとも知り合いだった。
彼は苦笑しながら、そうですね、と二人の先輩に憚って曖昧に笑って返す。ほら、とわが意を得て笑うベケットがザックスの肩を叩くのを見ながら、彼、ジーマ=サイは、でも、と続ける。
「クラウドってしっかりしてるように見えて結構年相応に抜けてるところがあるって……知り合いが言ってましたけど。爆竹、公園で鳴らしてよく怒られてたみたいですし」
「知り合いって?」
「元……彼?ですかね。二等兵の頃のですけど」
へぇと一同感心する。二等兵と言えば神羅入社当初か。今のクールビューティーなクラウドが爆竹鳴らして喜んでいるところはとても想像できなかった。
おまえといるときもそんな感じか?と言われてザックスは、首を捻る。
確かにサイの言う通り、しっかりしているように見えて案外物を知らない、年相応なところはある。たださすがにそこまでやんちゃをする所は見たことがない。さすがに三年、成長したと言うことか。
自分と知り合う前のクラウドの話に、ちょっと違和感を覚えながらも耳を傾ける。寮の門限は今でもよく破っているが(ザックスのマンションに泊まるせいで無断外泊も多い)、酔っ払って公園で寝て凍死しかけた話なんかは……そもそもそんなに酔ったところを見たことがない。
「っていうかさぁ」
ザックスの後ろでジュースの紙パックをつぶして遊んでいたスティルスが、なんでそんな重要な事今さら言うんだよ、と文句たらたら顔をあげた。ぺちゃんこになった紙パックを更に四つ折にしてスティルスは、なぜか憮然とした表情で唇を尖らせる。
「今だから言えるけど。俺おまえらが付き合いだしたときに絶対すぐ別れると思ったもん。クラウドがおまえの暑苦しさに愛想尽かして」
どういう言い種だとザックスが睨むと、スティルスは悪怯れることなくにやにや笑う。
「気にすんなこいつ、おまえとクラウドが三日で別れるに賭けて100ギル損したのいまだに根に持ってるから」
「てめ……」
「だってさぁ」
小さく折り畳まれた紙パックをぱたぱた指で弄って、スティルスが口元を引き締め眉を寄せる。
「だいたい、おまえだって付き合うまで知らなかっただろ?クラウドのそういうところ」
どうやらよほどその100ギルが悔しかったのか。彼はなんの気なしに、ただの負け惜しみのつもりだったのだが、ザックスはその言葉に何やらじっと考えこんでしまい、ベケットに肩を叩かれるまで惚けたように瞬きもしなかった。
マンションのドアをあけると、暗いリビングから漏れるちかちかと点滅する明かり。ただいまと言いながらリビングのドアをあけると、電気を落として借りてきたDVDで一人シアターショーをしていたクラウドが首を回してお帰り、と応える。優雅なやつだよなぁとザックスは苦笑した。テーブルの上で屋台で買ってきたらしいカラメルポテトが食べかけで放置されていて、甘い匂いが部屋に充満していた。モニターを見つめるクラウドの横顔が、テレビの青白い光でくるくる画面にあわせて色を変える。
「なんの映画見てんだ?」
「なんか……目の見えない殺し屋がどう……とか?よくわかんない」
わかんねぇのかよ、と突っ込みながら、クラウドの項のところ、ぴょんぴょん跳ねた短い毛を撫でるとうるさそうに首を振った。
暗い画面の中では殺し屋らしい男が延々サンドバッグ相手にスパークリングを続けている。
「面白い?これ」と聞けば全然、と苦笑い混じりの答えが返ってきて、さらにはジャケット借りで映画のタイトルすら分かっていないらしい。
そんな映画を生真面目に見ているクラウドの後ろ姿を見ながら、なんて話を切り出そうかとクラウドの後ろ髪を指で摘む。
何に俺は嫉妬してんだ、と自問する。お互い過去にどんな相手と付き合ってたかなんて詮索したこともない。過去云々、言いだしたらボロが出るのは確実にザックスの方で。
何がこんなに苛々させるのか。嫉妬なんてしない質だと思っていたのに。
知らなかったことに苛立っているのかそれとも。
黙りこくったザックスに、どーかした?とクラウドがモニターを見たまま尋ねた。
「……おまえってさあ」
「んー?」
いい加減単調な映像にも飽きてきて、クラウドはDVDを止めると、うじうじ後ろで言っているザックスに肩ごしに振り返る。
「なんだよ?あんたが言い掛けてやめるとか珍しいな」
「……俺はいま」
「うん」
「自分の器の小ささを恥じてる……」
クラウドは大きな瞳を一回り大きく見開いて、アンタの口からそんな言葉を聞くことになるなんて、と腹を抱えて大笑いした。
「大真面目だぜ、俺は」
「ほんとに何があったんだよ、おまえ……」
からから屈託なく笑うクラウドにザックスは眉を寄せる。何があったか、なんて言えるわけがない。
クラウドが過去にどんな人間と付き合ってこようと、そんな顔を見せるのは自分だけだと思い上がっていた。それはザックスがそうだったから。誰と付き合っても満たされない、手当たり次第つまみ食いして、最低と罵られないよう鼻を効かせ八方美人の口八丁。真剣に好きになったのはクラウドだけで、きっとクラウドもそうだと自分の物差しで測っていた。
それが違うとわかっただけだ。自分を隠して真剣に人に向き合ってこなかったのはザックスで、自分にとってクラウドがどれだけ特別であったとしても、同じことをクラウドに求めるのは――。
言えるわけがない。こんな勝手な勘違い。
こんな、醜い嫉妬。
クラウドが笑って、ザックスの頭に腕を回しキスをする。クラウドの歯の裏を舐めると、カラメルソースの苦さで舌が痺れた。