生来の性分か、クラウドは恋人の手帳を盗み見ることはおろか、端末のメモリーチェックさえできない性であって、ザックスのノートパソコンを借りたのも急な調べごとができたから。ザックスの許可も勿論得ていた。
対するザックスはといえは、ものに拘らないといえば聞こえもいいがとどのつまりデリカシーに欠ける部分があるといわれれば本人も否定はできまい。クラウドの端末を貸して欲しいという申し出に、気楽に了解したもののすっかりそれを失念していた。
だからノートパソコンの電源を入れて立ち上げた途端、デスクトップ画面にでかでかと金髪女性のセミヌードがあったくらいでクラウドはさすがに怒ったりはしない。確かに、画面いっぱいに映し出された、一見すれば補正と加工の産物である事が容易に解る肌色に、免疫のないクラウドは一瞬「う」、と驚いて固まりはした。
それは最近ミッドガルで人気らしいグラビア女優のセミヌードで、自分と落ち着くまでは女の子大好きを標榜し、プレイボーイを地でいっていたザックスのこと、あけっぴろげな性格も手伝って、まぁプライベートで女の子の裸の写真くらい持っていない方が不健全だと、同じ男のクラウドは納得した。
寧ろ焦ったのはザックスの方で、何の他意もなくクラウドが彼を見たのをどういう意味にとったのか見ていて可哀相になるくらい狼狽する。
「違うんだクラウド」
「……俺、何も言ってないだろ。あからさまに動揺すんなよ」
思春期のガキみたいだ、と笑うと釈然としない顔でザックスがいう。
「それはどっちかてとおまえだろうが…ってそうじゃなくて」
困った顔をして、頭をかくザックスにクラウドはああ、と応える。
「いいよ別にこのままで。調べものしたらすぐ返すしさ」
「え、いや、そんな冷静に言われると俺のがどうしようみたいな……怒ってねぇ?」
「これくらいで怒るかよ」
普段は勝手気儘な自由人と宣うくせに変なところで気を使うギャップがおもしろいとクラウドは思う。
「ザックスっていっつもこんなんで抜いてんの?」
お互い職業柄、休みが重なる事は少ない。とくにファーストクラスのソルジャーとして前線で指揮をとる事もあるザックスのこと、ウータイ地方の戦争も収まりつつある昨今では回数は減ったものの、依然として二ヵ月三ヶ月の遠征は珍しいものではない。となると自然、その間はおあずけな訳で。性的に淡白で欲求が稀薄なクラウドでさえ、それだけおあずけを食らうと淋しいなとかザックスがほしいな、とか思ってしまう。ならば年中夏男発情期のザックスは言わずもがな。こればかりは男の生理、クラウドとて、咎めるつもりは毛頭ない。余計なプライドとか羞恥心は持ち合わせていなさそうなザックスの事、軽く肯定して笑って終わりと思ったら。しかし予想に反して口元を押さえ、
「いや、あんまりこんなのでは……」
と言い淀む恋人に、いくら興味ないと振る舞おうと、そこはまだ15かそこらの思春期真っ只中の少年クラウドは純粋な好奇心から
「じゃぁどんなので抜いてんの」
と尋ねる運びになった。
「どんなのって……」
夜のおかずについて、クラウドに突っ込まれる日がくるとはと思ってもいなかったザックスは絶句する。希に見る反応におもしろがって、クラウドはいつになく楽しそうに詰め寄った。
「巨乳?熟女?あ、でもあんたロリコンだもんな、人妻とかはないよな」
「俺はクラウドが好きなだけであって幼女趣味があるわけじゃねぇんだけど……」
と年の差8つも隔たりあるクラウドを本気で口説き落とした男は、説得力のない言い訳を呟き額をかく。
ふーん、と冷たく言ってやると、なんだよそれ、と同じく納得いかんと眉を寄せる。
「じゃあクラウドは?」
と逆に聞かれた。
「俺がいない間寂しくない?」
なんだ答える気がないのかと身体を反転させたクラウドの肩を、後ろからザックスが抱いた。回された腕を、これだと用事が出来ないと叩く。ついでにそっけなく、全然寂しくないと言ってやると、ザックスは唇を尖らせた。
「うっそだ、そんなの」
「嘘なことあるか。現実を見ろ」
「おっかしーなー……」
腕を叩かれても性懲りもなくクラウドにまとわりつきながら、俺の中のクラウドは毎晩俺を思って泣いてんだけどなーと妄想を羞かしげもなく吐露するザックスに、今更反論する気力もクラウドには湧かなかった。


ザックスが遠征に行った後、クラウドが思い立って掃除と題してAV機器回りの整理を重点的にしたのもそんな会話があったから。今まで気にしていなかったが、いざ探してみれば出てくる出てくるピンクなビデオやらDVDのパッケージにうわぁ、と言う気分になる。
存在は知っていたけれど、まさかこんなに眠っていたとは。クラウドだって男だから多少なりとも興味はあるが、しかしレズノワールだの、SMだの、ただでさえ年若く知識少ないクラウドの想像の斜め上を行くようなラインナップに目眩がする。クラウドに性的嗜好を尋ねられたザックスが言葉に迷ったのも無理はない。ジャケットを握り締めたまま、いや、いいんだけど、とクラウドは誰に言うでもないのに口に出した。案外動揺しているのかも知れない。
ザックスがいなくなってもう三週間、そろそろ心も身体も物足りなくなってきた頃で、少々刺激が強すぎると思いながらその中の一番ノーマルっぽい一枚を拝借する。
どきどきしながらDVDをセットして、ストーリー性があるとは言い難いAV女優と男優のしょっぱい演技は適当に飛ばして、ファスナーを下ろして少し堅さを増して主張しだした自分のナニを取出しながら、ああ忘れてたとティッシュの箱を手繰りよせる。
ソフトSM、と銘打たれたそれは一番奥に閉まってあって、恐らくザックスには温すぎて封印されていた一枚なのだろうが、経験値は0に近いクラウドにはその程度の刺激で充分だった。画面の中の並んで緊縛された女の子二人にどきどきしながら目は釘付けになる。
あー、俺って胸おっきい子の方が好みなんだ、とAVで自分の嗜好を知る事になったのが、なんというか虚しい。まともに女の子と付き合った事もないまま後ろばっか男に開発されて、ソルジャーになると大見得切って出てきた手前、当分故郷に戻るつもりはないけれど、こんなことでソルジャーになってもどんな顔して母さんに会おう、とか、ザックスをなんて紹介しようとか、そもそもソルジャーになれるのか、とか。というか紹介とか以前に……これから自分とザックスはどうなるんだろう、とか。
マスかきながら考えることじゃないと、一瞬冷えてしまった身体と頭を画面に集中させる。手の中で萎えてしまったそれを扱いて、でもその行為自体がもう情けない、と思ってしまった。客観的になったら負けだ。
一旦覚めてしまった頭では、テレビのスピーカーから聞こえる喘ぎ声もなんとなく滑稽で嘘っぽさが際立って気になって、集中しようとすればするほど頭は冷静になって全然勃たなくて、ザックスが普段クラウドにするみたいに後ろに指を入れてみたけれど、乾いて慣らされていないそこは、突っ込んでも痛いだけだった。
異物感に舌打ちして指を引き抜き、ティッシュで拭う。すっげぇ間抜け、とため息をつきながらそれを丸めて、もう一枚新しいティッシュをひっぱりだして包んで捨てた。
もう無理だと匙を投げる。ものすごく居たたまれないままでビデオを停めて、ズボンのファスナーを上げる。冷たい金属が手にあたって、クラウドの眉間に皺がよった。何となく、全てがばかばかしいとすら思ってしまう。
DVDは出したことがザックスにばれないようにそっとテレビボードの奥に元通りにして押しやった。
曖昧模糊な焦燥感、とにかくむしゃくしゃしてどうしようもなく、リモコンを掴んだがさすがに壊してはまずいだろうと、手近にあったクッションを壁に向かって投げてみるに止めた。
そんなことをしてもなんの解決にもならず、舞い上がった埃で余計に苛々しただけだった。


クラウドただいま、と何ヵ月かぶりにザックスが帰ってきて、何ヵ月ぶりかの抱擁に口付け、淋しかった?とお決まりの台詞には、会いたかったと応える。毎度のことだから、再会の挨拶みたいなものだとクラウドは思っている。
本当は全然淋しくない。寂しいのは最初の2ヶ月、3ヶ月くらいだけで、後はもう慣れだ。実際、仕事もあるし友達も少ないながら付き合いもある。ザックスがいなくても案外生きていけるもんだ、とクラウドは思っている。……なんてことを、遠征帰りのザックスに言うことがどれだけ酷いか、くらいの分別はあるので口には出さないが。
その微妙な間合いをザックスはどう思っているのか、何も感じていないのか、会いたかった、と言いながら愛しそうにクラウドの髪を梳く。そうされるのは嫌いじゃない。寂しくないというのは会いたくないと言う事とイコールではないから。
そのままクラウドを抱きかかえベッドに運ぶザックスの髪をひっぱり、シャワーくらい浴びろよと注文を付けた。
「もう無理、我慢の限界」
「なんで」
「半年ぶりだぜ?これ以上我慢できるかっての……」
呻いて自分をかき抱くザックスの汗の臭いに、条件は自分も同じなんだけどな、と思う。同じ恋人同士でこの差はいったいなんなんのか。
「……クラウドは淋しかった?」
クラウドの服を捲り上げ脇腹の辺りをなで回しながら、明らかに先ほどとは違った意味合いで尋ねるザックスに、少し考えて淋しかったよ、と答える。馬鹿、全然、とか経験上そういう答えを予想していたらしいザックスは、予想外のクラウドの言葉に顔を上げた。魔晄の爛々と光る瞳に、クラウドは微笑みかける。
「俺ってさぁ」
「ん?」
「ザックスいないと一人でも出来ないから」
うわ、今すげぇツボにきた、と感極まったザックスが執拗にキスしてくるのを、目を閉じて受けとめる。ザックスの唇が触れたところから順に身体が熱くなるのを感じながら、他人に流されるってなんて楽なんだろうと不謹慎なことを考えていた。