それから仲良くなった、と言うか、ザックスがよくクラウドの店に飲みに来るようになった。たまに連れが同席する事もあったが、大抵ザックスは一人でふらりとやってきてウンターに座り、閉店まで粘ってそのまま一緒に食事に行くのがいつものパターン。一週間に二度来るときもあれば、三週間顔を見せないときもある。
「ソルジャーの仕事なんて不定期だからなぁ」
と言うザックスに、ふーんとクラウドは答える。
「おまえ、冷たいなぁ……」
「だって俺、別にあんたが来ようが来まいが関係ないもん」
とザックスの前にビールジョッキ置きながら嘯くと、ザックスは途端に情けない顔になる。嘘だよ、と笑って見せて油断させ、だって食費が浮くし、と言うとグラス片手に固まった。効果覿面、これだけ自分の言葉に反応してくれる楽しい相手は、後にも先にもおまえくらいしかいないとクラウドは噴き出した。
「そんな奴とは思わなかった……」
大笑いのクラウドに、カウンターに突っ伏しながらザックスは抗議するが、声は笑っている。
呼ばれてクラウドが違うテーブルにオーダーを取りに行っても、ザックスの視線はずっとクラウドを追ったまま。視線を感じてクラウドが振りかえれば、にっこりとほほえむザックスと目があった。
ストーカーめ、と思いながらべっと小さく舌を出すと、ザックスが苦笑した。そんな思いとは裏腹に、クラウドもそんなザックスにまんざらでもない。
しつこい客にあたって困っていれば一般客を装ってさりげなく助け船を出してくれるし、話も面白い。
「あんたってさぁ」
「ん?」
仕事の後の何度目かの食事、ザックスは主にビール、空腹のクラウドの前には肉、とテーブルの上は見事なすみわけがなされている。クラウドの言葉に、申し訳程度にサラダを突いていたザックスが顔を上げる。ちょうど会話が途切れて、次の話題をお互い探していた時だったから、クラウドを見たザックスの顔は素に近かった。
「あんた、顔怖いな」
「生まれつきだっての……」
ごめん、とクラウドが言うとザックスは苦笑した。笑った顔は、怖いどころか俳優ばりのいい男、見とれてしまって慌てて顔を逸らした。面白がったザックスが、何?何?と顔を覗き込んでくる。
近いよ、と手で肩を押し返すと、その手を捕まれた。
「なんか照れてる?」
「うっさい!」
唇がついてしまいそうなくらいの至近距離に、クラウドの胸が鳴る。
深夜とは言えその店には客がそこそこ入っていて、そしていくら周りが騒がしく自分達二人に注意を払う人間が少ないとは言っても公共の場、人目が気になるクラウドは、これが限界だった。
ぶんぶんと頭を振り、ザックスを両腕で押し返す。降参、とザックスが笑いながら身体を引いた。
「なんでこんな俺に構うの。毎回飯おごってくれたり、さぁ」
と真っ赤になって言うクラウドの疑問に、なにを今更……とザックスは呟く。そもそもきっかけがザックスのナンパだったのだから、ザックスがクラウドに気があるくらい当然わかっていただろうに。
「おまえが好きだからだろ。一目惚れ」
あっさり言われて、クラウドの方がどうしようと思った。動揺してスツールから落ちそうになり、慌てて持ちなおした。何やってんだ、とザックスの呆れた声。
「だ、だって、おまえ、…す、…好きって」
「いや、知ってんだろ。俺がナンパしたんだから」
ザックスの言葉を受けてまともに動揺し、そうなのか、とか、わかってたんだけど、とかモゴモゴ言うクラウドを観察していたザックスは、それにもいい加減飽きたのか頬杖を付いているのと逆の手でクラウドの頬をつついた。
「で、それを改めて知って、おまえはどうなの?」
クラウドはザックスを見たまま固まった。大きな目の白に近い、薄い青み掛かったアイスブルーに、店の安っぽい照明とザックスの影が映る。
「……俺、は」
クラウドは答えられなかった。ザックスも、たぶんクラウドは答えられないだろうな、と思っていたが、それでもたっぷり10分は待った。息苦しい沈黙の時間、折れたのはザックスで、もういいよ、とため息を吐きながら言った。
クラウドはごめん、と小さくつぶやいて、いたたまれずに持っていたフォークでグリルチキンを刺して、食べるわけでもないのに、それをじっと見ていた。
クラウドがザックスの思いに答えられないのは、ほとんど意地みたいなもんだった。
「俺、ほんとはソルジャーになりたかったんだ」
知り合ってまだ間もない頃にクラウドが言ったのを、ザックスもきっと覚えていたに違いない。だからきっとザックスも、答えを強いなかったんだろうと思う。酒の席で不覚にもぽろりと溢したクラウドの弱い声音に、ザックスがびっくりして目を見開き、クラウドはその反応を見て自分の失敗を悟った。なんだよ、と羞恥に目尻を赤く染めて、わざとつっけんどんに言う。
「いや、初耳……だったから」
ザックスが、別に悪い事をしたわけでもないのに居心地悪そうに頭をかいた。そんな所がいいやつだよなぁ、とクラウドは思う。顔も精悍で、少し鋭すぎるきらいはあるが造作は申し分なく整っている。性格も、クラウドが知りうる限りは鷹揚で、ザックスがたまに連れてくる同僚の話をきくに、人望もあるらしい。若くして今をときめく神羅のエリート、金に困っていることもないだろう。
つまり、本当にいいやつなのだ、ザックスは。
欠点をあげるとしたら、欠点がないことが欠点か。それが余計に、クラウドのコンプレックスを刺激してしまっていることも、ザックスはたぶん気付いていない。
「ソルジャーになりたくてミッドガルに出てきたんだけどさ。俺が来た時ってちょうど時期が悪くて」
手近にあった紙ナフキンを、意味もなく折りながらクラウドは言う。
「神羅が軍部縮小してた時でさ。応募資格がミッドガル市民権を持ってるか、魔晄適性有るか、なんかだったんだよな。俺、どっちもなかったし……運、悪いよな。俺が出てきた年からで」
店員が運んできたポテトフライにケチャップを付けて口に運ぶ。いつもはうるさいくらい喋るザックスが、クラウドの言葉がとまっても、黙ったまま何も言わなかった。
「なんとかあの店、紹介してもらったんだけど。俺、なんも考えてなくて、ミッドガル行ったらソルジャーになれるって思い込んでたから、ニブルに帰る金もなくてさ」
だから正直、あんたが羨ましい、と自嘲気味に笑って言うと、ザックスは表情のないのっぺりした顔になった。あの時は怖いな、と思ったけど、今ならクラウドにもわかる。ザックスは物凄く困っていたんだろうと。人の感情の機微に聡い奴だから、クラウドの態度や言葉の端々に顕れる卑屈な感情をたぶんなんとなくは感じ取っていたと思う。クラウドの言葉は最後の駄目押しに他ならなかったのだろうが、人のいいザックスを躊躇させるには充分だったんだろう――ザックスが自分の気持ちをはっきりクラウドに言ったのは、それっきりだった。
それがなければ、お互いの領域に踏み込まず、ただ世間話をしているだけなら、二人の仲はとてもうまく行っていたから。
クラウドも、その負の感情は誰のせいでもない、自分が原因だと頭では分かってはいた。理性的な部分ではわかっていても、心が納得できないのは、若さのせいもあっただろう。人生達観できるほどクラウドは人間ができていなかったし、またそれを求められる年齢でもなかった。
ザックスもわかっていたから、クラウドに対して性急に事を進めようとはしなかった。クラウドもそれ位のテンポがちょうどよくて、自分の心とザックスへの気持ちに、ゆっくり折り合いを付けていけたら――と。その道程は決して短くはなかったけれど、展望は悪くなかった。
二人の前にあるのは明るい未来、そう信じていたのはザックスだけではなかったのに。