『……き続きニブルヘイム大火災のニュースをお伝えします。
この事件で被害を受けましたニブルヘイム村民の生存はほぼ絶望的と見られています。またソルジャーセフィロスとともにニブル魔晄炉に派遣され、当時ニブルヘイムに駐在していました神羅カンパニー所属のソルジャーセフィロスを除く調査隊4名のうち、3名の死亡が確認されました。
現在行方不明となっているソルジャーセフィロスは、生存者の目撃情報等から村に放火し村民と調査隊3名を殺害、1人に重傷を追わせた後逃走したと見られています。ニブル魔晄炉内に転落したとの情報もあり、神羅カンパニーが確認を急いでいます。
また、今回のニブルヘイム大火災の発表が発生から一ヵ月以上も間が開いたことについて、プレジデント神羅自ら会見で釈明し……』

その日、クラウドにしては珍しく寝すごした。
季節は初秋、やっと暑さも治まって、過ごしやすい(と言っても相変わらず蒸し暑いのだが)季節の昼下がり、睡魔が襲う時間帯。
夏に倒れて働けなかった分を取り戻そうと、飲み屋の店長の伝手で昼間は定食屋で働くようになった。ぶっ続けで働く時間は少なくなったが、1日トータルで考えると労働時間は倍近くに増えた。疲れが蓄積していたのかもしれない。
定食屋の定休日で空いた時間、夜のバイトまで一眠り、としたのが失敗だった。
寝呆け眼で見た枕元の時計の針が五時を回っていて、思わず飛び起きた。急に起き上がったせいで目眩がして頭ががんがん痛むのを、瞼を強く押さえてやりすごしながら、やっば、と舌打ちした。とっくに出勤時間は過ぎている。
慌ててベッドのパイプに掛けていた薄手のパーカーを羽織り、制服の入った荷物を手に外に出た。
空の見えないスラムはいつも薄暗くて、昼も夜も、プレートの上からやってくる人間にあわせて一応区別されているだけ。
ウォールマーケットに向かう道の途中に最近設置された神羅ビジョンは、そんなスラムの生活に合わせて終日、神羅カンパニー協賛のイベントやらニュースやら神羅製アイテムのコマーシャルを映し出している。
自宅にテレビもラジオもない代わりに、バイトに向かう道すがら、その街頭テレビでニュースを見るのが、街頭テレビが設置されて以来のクラウドの日課だった。
街頭テレビの前は、先月設置されたばかりで物珍しさも手伝い、またその大きさ故に待ち合わせにも格好の場所と言うことで、いつも人だかりが出来ていて、流れが滞っているのだが、その日はそれがいつも以上にひどかった。広い通りが人で埋まっている。
何かあったのかな、とクラウドは首を傾げる。ちら、と人混みを掻き分けながらビジョンに目をやったが、ちょうどニュースからCMに画面が切り替わったところだった。
人々は一様に不安げな表情で頭をあげている。水着のグラビアアイドルのCMをくそ真面目な顔で見ているスラムの住人、という少々シュールな図に、なんだろうとクラウドも気にはなっても、今日はただでさえ寝坊して遅刻しているのに、暢気にニュースを聞く余裕なんてない。
怖いわね、と人だかりの少し外で並んでテレビを見ていたカップルが囁き合うのが、人混みからちょうど脱出してきたクラウドの耳に入った。
「でも、よかったじゃないか。これがカームとかだったら近くてちょっと怖いけどさ」
男が応える。
一瞬そちらに気をとられたクラウドは、前から歩いてきていた女性に気付かず肩が当たった。急いでいた勢いのままにぶつかったせいで、たたらを踏む。
振り返り、すみません、と会釈する。ぶつかられた女性はクラウドを見もしないで、そのまま人の間に紛れていった。
「ニブルったら、ド田舎じゃん」
身体が無意識に反応して、固まった。
街頭テレビの中の映像は、ちょうどCMが終わって、再びニュースに切り替わったところだった。
クラウドの目が、早くバイトに行かないとという脳の命令を無視して、縫い付けられたみたいにテレビ画面を凝視した。
『こちらが神羅カンパニーが発表した、火災発生から27時間後のニブルヘイムの様子です』
いつもは耳障りな位のテンションで神羅礼賛のニュースを読み上げる女性アナウンサーの声が、別人かと思うほどに低い。

観衆からどよめきが漏れ、クラウドは自分が見たものが信じられなくて、口が開いているのにも気付かず呆けて立ち尽くした。
それが見知った故郷であるとはとても思えなかった。
自分の村を空から見たことなんてなかったけれど、14年間暮らした村だ。
家の並びや屋根の色、壁の周りを彩る鉢植えやらポストの形なんか、すぐに思い出す事ができる。
それなのに今ビジョンに映し出されている村は、まるで見覚えがない遠い存在にクラウドには思えた。
山の裾野に広がっていたはずの赤煉瓦は焼けて真っ黒に変色していて、灰が堆積していた。目が必死に画面の表面をなぞっていく。
ぽっかり何もない広場の中央に、焼け焦げた骨組みがある――その骨組みが、クラウドが故郷を出る前幼なじみと星を見上げた給水塔だとしたら、あの、広場に面した小さな家に母がいたはずだ。
白い壁が煤で真っ黒になって割れた窓と焼けたドアの向こうに灰まみれの室内が覗いた。
後ろになっていたカップルの女性が「ひどい」、と息を飲んだきり言葉を失う。
「……やっぱさ」
クラウドは半分口が開いているのにも気付かず、瞬きをするのも忘れて、ただ呆然とその鳥瞰で映し出される灰色の故郷を見ていた。
『現在のところ身元が確認されている犠牲者の方のお名前です』
「おかしいんだよソルジャーとか」
悲惨な光景のあと、思い出したように群衆が騒ぎ出す。
「人間に魔晄照射するなんてさ。だってあいつら、目だっていってんじゃん、おかしいんだよ、やっぱりソルジャーなんて」
周りのざわめきも、漏れるため息も、クラウドの耳にはまるで膜一枚隔てた遠い世界の遠い人たちの意味の分からない言葉みたいに聞こえた。
Strife――見つからないで欲しいと祈った、自分のファミリーネーム。
身体が熱くなって、指先から震えだした。座り込まなかったのは平気だったからではなくて、頭が足が動かすことを忘れていたからだった。
相変わらず神羅ビジョンの前には人だかりが出来ていたが、映像がショッキングなものから名前の羅列に移行したのをきっかけに歩みを再開する人、代わって新たに足を止める人達が、立ち替わり入れ替わりにクラウドの横を通り過ぎていく。
最後の犠牲者の名前が流れるのと同時に、クラウド、と名前を呼ばれた。
それはこの数か月か焦がれ待ち望んでいたはずの声だったのに、そして今確かに自分は彼の名前がリストになかった事に安心したはずなのに――奇妙なほどおぞましく感じた。背筋が凍るくらい。
オイルの切れた機械仕掛けの人形みたいな動きで、声のした方を振り返る。
黒いVネックのカットソーにジーンズという格好で、ザックスが立っていた。普段と変わらない格好なのに、濃いサングラスで瞳を隠しているのが妙に浮いていた。
「おまえのバイト先行ったら、出勤時間なのにまだ来てないって言うから……」
呆然と立ちすくむクラウドに、ザックスが言う。
なんで、と言おうとしたが、声が擦れてぱくぱくと口が動いただけだった。
ザックスは一度瞬きすると、ああ、と暗い声で呟き、スラムの壁に埋め込まれた街頭テレビを見上げた。
「ほんとは、とっくにミッドガルに戻ってた」
「……え?」
ザックスがサングラスを取る。魔晄の瞳、ソルジャーの。
「怪我してすぐミッドガル搬送されて……っても骨折程度だったしそっちはすぐ治ったんだけどな。セフィロスがあんなんなっちまったし。治療ついでに検査、メンテナンス?俺らもおかしくなってないか、みたいなんに時間取られて…まぁ体のいい監禁みたいなもんだったんだけど」
「おかしくって……なんだよ、それ」
指先から始まった震えが身体中に広がっていて、喉が声を出すのに引きつって、言葉が途切れた。肩に掛けていた荷物が落ちる。
「ソルジャーって…なんなんだよ、そんな狂ったりするもんじゃないだろ!?」
「……クラウド」
「何があったんだよ、ニブルで……なぁ、何があったんだよ?!」
掴み掛かるには身長差があってかなわなかった。クラウドに言い募られ、ザックスの顔からふっと表情が消える。
「だから、わかんねぇんだって。……調査中だって、言ってただろ」
「嘘だ。そん時アンタ、あそこにいたんだろ、見ただろ!?」
クラウドの声に、何人かがちらちらと視線を向ける。ザックスもそれに気付いていたから、興奮するクラウドを宥めようと試みたのだが、それが逆に油を注ぐ結果になった。
「クラウド」
さすがにまずい、とザックスが眉を寄せ、場所を変えようとクラウドの腕を掴むのを、クラウドは身体を強ばらせ、咄嗟に手を振りほどいた。
まさか振り払われると思っていなかったのか、ザックスは呆然と、振り払われた手とクラウドの顔に目をやる。クラウドも、まさかザックスがこんなに簡単に振りほどけると思っていなくて、その瞬間彼が見せた酷く暗い瞳にどうしていいかわからず、せっかく自由になった腕も所在なさ気に宙に浮く。
「……俺」
何か言わないと、と思った。
「あんたも、ソルジャーも、神羅も……ずっと、ずっと憧れてたのに」
自分でもわかるくらい、情けないくらい、ザックスに縋りつきたかった。
「なんで……こんなことになったんだよ……」
腹の底は必死にザックスを求めていたのに、口を付いた声にもそれがありありと滲んでいたのに、ザックスはそれ以上手を伸ばそうとしなかった。
「それはおまえが」
一瞬躊躇したのは、非情になり切れなかったからで、そこにはザックスの人の良さが透けて見えていた。
いっぱいいっぱいのクラウドは、気が付かなかったが。
「勝手に幻想抱いてただけだろ」
さぁっと全身から血の気が引いた。身体ごとひっぱられてどこかに消えてしまいたくなって、クラウドは地面に落ちていた荷物を掴んで、逃げた。
この追い掛けっこは、道の混雑具合とか地の利とか、そんなことを除いてもクラウドに圧倒的に有利だった。だってザックスは追い掛けようとしなかったから。
公園まで一気に走って逃げ込んだところで、クラウドはやっと立ち止まって後ろを振り返った。
奇しくもそこは、クラウドとザックスが初めてまともな会話を交わした場所で、しかしあの時の様に誰もクラウドを追い掛けてきたりとか、優しく笑ってくれたりはしなかった。
クラウドは隅のベンチに座り込んで足を抱えて、小一時間そうしたままだった。