叛乱に暴動テロ武力衝突は日常沙汰、暴力、どこかで何かが割れる音、硝煙、血の臭い、爆音と銃声、遠くで響く悲鳴、窪んだ眼窩に耳を伏せた犬、誰かの泣き声、ボロみたいな布切れ、塵、スプレーで落書きされて壊された壁、で街は飽和状態で膨張して今にも弾けて崩落してしまう寸前、それに必死で抵抗する人と何も出来ずに息を潜めてただただかつての平穏を願う人、ザックスはどちらかと言えば前者に入るのか。
市街戦でバスターソードの様な大きな獲物は邪魔になるだけだから、背中のいつもの位置にあるのは愛刀の代わりにグレネードランチャー、籠められているのは催涙弾などではなくれっきとした擲弾で治安維持とは名ばかりのテロ組織孅滅作戦。と言っても、総指揮を任されたザックスがそれを使う事はあまりない。自分はあくまで、指示を下せばいい。
彼らが潜伏しているらしい建物周辺の道を封鎖しドアを蹴破り手榴弾を投げ込み自らの合図で傾れ込む兵士の足音が無線を通じて流れてくる。テロ組織支援団体の拠点だと渡された資料、これらはすべてタークスの集めたものでその真偽はザックスの知るところではないのだが、少なくともそれには戦闘員の出入りは確認されていないとしている。よっぽどならザックスクラスのソルジャーも出動するが、今日は特殊部隊で充分だとザックスに突入のお鉢は回ってこなかった。要は見せしめ、派手にやれと上から言われた通り、無線機の向こう怒号は止まない。目を閉じる必要もなく容易に浮かぶ地獄絵図は、公権力すら凌駕し強権を掌握した神羅カンパニーの治安維持の元に行われる私刑のまさに一場面。そしてそれを指揮するザックスは死神、悪魔、神羅の犬と罵られる言葉はつきない恐るべき神羅のシンボルである。

魔晄とジェノバ細胞で作り上げられたソルジャーの肉体の耐久性(と医局の人間はザックス本人を目の前にして臆することなく言った)は優に人間兵士(これも前述の医局の人間が言ったことだが)のそれを越えている。
腕とか足くらいなら付け替えますし、よっぽどじゃないと頭撃たれたくらいじゃ死にませんけど、と続けた医局スタッフに不快感を顕にしたザックスの鋭い瞳光に気圧される気配は微塵もない。ソルジャーを相手にするのは慣れているだろうし、こんな仕事マイナスの感情を向けられる事に鈍くならないとやっていけないのだろう。
頭部だけは潰されないようにしてくださいね、という男に、ザックスは殴りかかりたい衝動を押さえ込むのに苦労したが、今ではそんな感情すら失ってしまった。段差があります気を付けて、位の軽い注意事項の類を聞くのと同じレベルの関心しかない。
故郷から一旗あげようと意気揚々上京してきたばかりのあの希望に満ちた日々はすでに遠く、トントン拍子に昇進また昇進いつのまにかソルジャーになるという夢叶い、憧れの英雄と肩を並べソルジャーファーストに抜擢されたのも束の間、英雄が狂った。まさしく発狂した、というのか。
ニブル山近隣の村が二つモンスターよって壊滅し、ニブル地方に駐在していた神羅軍の部隊から応援要請があったのが五年前。その頃既にソルジャーファーストだったザックスは英雄セフィロスと共にニブルヘイムに派遣された。
一掃作戦の折、先発調査隊の報告からモンスターの根城をニブル山の廃棄魔晄炉と目星をつけ山に登ったセフィロスとソルジャーセカンド三名を含む先鋒隊は二度と帰ってこなかった。万が一のため村に残っていたザックス以下の後発隊がニブル山頂の廃棄魔晄炉で見たのは、死屍累々と並ぶモンスターと人間の肉塊。モンスターよりも兵士達の死体の損傷が激しかったのは、セフィロスの狂気の現れだろうか。
元の部位がどこであったのか、人間のに復元する事が不可能なほどばらばらにされた肉の山の中に、セフィロスらしき死体はなかった。
その光景を見た時に、ザックスの心に恐怖が湧いた。
僅かに生き残っていた者達の証言(その中にはセフィロスに随行していたセカンドクラスのソルジャー二名がいたのだが、彼らはその肉体の堅固さ故に、通常人の何十倍もの苦痛を受けながら死ぬこともできず、その数十時間後にミッドガルの医局に運び込まれたのだが、その末路はザックスも知らない)により、突然殺戮を開始したセフィロスは、まるで課せられた任務を遂行するかの様に淡々と、モンスターとその場にいた兵士達を切り伏せると、自ら魔晄炉に身を投げたという。
報告を受けた幹部・将校は一様にその惨劇の様子に震えたが、しかしザックスの感じた恐怖は、もし自分がその場にいたらと言うものではなかった。
そんな感情は砲火飛びかう戦場に身を置いても感じた事はない。そうじゃない。
自分の姿が魔晄炉に残された肉塊よりも、魔晄の中に消えたセフィロスに重なった。セフィロス亡き後あれよあれよと押し出される形でミットガル駐屯師団の統括に任命され前線を離れた後もザックスの中からその時感じた恐怖は消える事はなかった。――いつかは自分もああなると。
その後すぐさま敷かれた箝口令。
報道機関ら外部機関が完全にシャットダウンされたニブルヘイムで、事故調査の名目で行われた作業は検証ではなく事の隠蔽に重きを置いていた。死体の搬出、魔晄炉の閉鎖、モンスターの残存個体の調査に挙げ句ニブルヘイムの復元に駆り出されたのは、ザックスらソルジャーではなかった。科学部門統括はソルジャー投入を主張したが、プレジデント神羅はその意見を採る事に逡巡した。自らが生み出した狂気の存在の恐ろしさに、その時やっと気が付いたのだろうか。プレジデント神羅の下した決定により、ニブルヘイムに派遣されたのはソルジャー台頭以前に神羅内で戦闘を担っていた特殊部隊だった。
一転して飛ばされた南部戦線からミッドガルに帰還したザックスは、その足で会社から与えられたマンションを出てスラムに降りた。
寮を出てもプレートの上で暮らす道はあったのだが、敢えてスラムを選んだのは、神羅のあの天に聳える不気味なドームを毎日見るのに嫌気がさしたからだ。ザックスの住居は伍番街スラム、ミッドガル建設当初に都市計画の一環として建てられた住宅団地が集まる一角にあった。住民の多くが低所得者であり、プレート建設後にスラム化した団地だが、気質は陽気で比較的治安も良い場所だ。と言っても、他都市からの移民の流入による治安の悪化、スラム街全体が最近暗躍するテロ組織の温床となっている事は前々から指摘されている通り、ミッドガルの一部でありながらプレート上下間の経済格差は大きく、インフラも未整備で軽犯罪も多い。
それは伍番街も例外ではない。
近年の反神羅組織の煽動活動で、その気運は高まっている。ソルジャーたるもの、そう簡単に不覚をとられる事はないが、用心に越した事はない。神羅の象徴たる魔晄に染まった瞳を隠すためにもプレートの下ではザックスはサングラスを掛けていた。
そして、丸腰。愛刀は出勤時以外は会社に預けるようにしている。
ミッドガル条例により神羅兵以外の人間は銃刀法の所持に許可を要するため、勤務外でこれ見よがしに巨大なバスターソードを持っていては、まさしく「ソルジャーですよ」と吹聴して歩いているようなもの。テロの標的になりやすく、命の危険も高まる。スラムではなおさらだ。非番用として支給されたベレッタを一応持ってはいるが、自らの身を守るために使用した事はない。
空き家の目立つ団地の、動かないエレベータを横目に軽い運動と階段を上り、落書きが溢れ窓ガラスの枠だけが残った廊下、一番端のドアを開ける。
「ただいま」
返事はない。室内に向かいもう一度、クラウドと名前を呼ぶと、おかえりと覇気のない声がリビングから返ってくる。暗い室内で、金色の髪が月明かりの下できらきらと揺れた。
電気を付けるとすぐさま眩しい、と非難がましい声が飛ぶ。テーブルの上にはプラスチック容器に入った数種類の惣菜が蓋も閉めないまま放置されていた。どうやら食事はしていたらしいとザックスは安心するのだが、これでは何のために冷蔵庫があるのか。
「またリビングで寝てんのか」
ソファに寝ころぶでかい図体がもぞもぞと動き、頭に乗せていた雑誌を軽く持ち上げてクラウドが呻いた。
「あー…今日帰ってこないんじゃなかったのかよ」
「馬鹿、カレンダー見ろ。」
「見れない。眩しくて」
「おまえな……」
溜息を吐いてクラウドの手首を掴み、顔を隠す雑誌を除けた。
アイスブルーの色素の薄い瞳が細められて、まぶしいよ、とクラウドが言う。
言葉のかわりにキスで応えた。角度を変え長さを変え、何度かキスを重ねた後に、ん、とクラウドが小さく喘いで唇を離し、もう目が覚めました、と言わんばかりにザックスを押しのけ起きあがる。追ってきたザックスの胸板を押し返し、飯食べたのか?と首を傾げる。それ、とテーブルの上にスプーンが突っ込まれたままのプラスチック容器を指さし、
「ティファからのお裾分け。アンタにもどうぞって」
「そう思うならせめて冷蔵庫入れとけ」
「うたた寝してたんだよ、文句多いな。帰ってきた早々」
文句を並べ立てているのはどちらなのか、可愛気のない事を言いながらくすくすと笑うクラウドの頬に、ザックスは鼻をすりつける。頭に腕が回されて、ザックスの首元にクラウドが顔を埋める。おかえり、と言う言葉の震えが直接身体に染み入ってきて、ザックスは今日も生きていて良かったと思う。



ミッドガルの雲行きが少し怪しくなってきたのは、ザックスがスラムに塒を移した辺りからか。
ニブル地方の村が新種モンスターによって二つ壊滅したこと、そしてそのモンスターは廃棄された魔晄炉から漏れた魔晄により突然変異したものであるとの検証結果、セフィロスが狂い一個小隊がほぼ全滅という事実を隠蔽していた神羅の工作が明るみに出た時には、ニブルの事件から三年も経過していた。
これだけ大規模な被害をよくそこまで隠し仰せたものだが、その分ミッドガル市民のショックは大きかった。そもそもこれらの事件が露見したのはゴンガガ魔晄炉の暴走で魔晄炉の従業員とゴンガガの村民併せて13人が死亡、多数の村民に魔晄中毒等の二次被害が発生したことに端を発する。
絶対の安全性を謳われていた魔晄炉のまさかの暴走と、それに吊られて暴かれた恐るべき過去の不祥事。情報公開を求める世論の高まりから神羅は渋々過去の事件が事実であることを認め魔晄の安全性についてはあくまで従来の立場を貫いたが、それは反魔晄エネルギー反神羅を標榜するアバランチを代表とするテロ組織、魔晄の人体への照射の安全性を疑問視する外部医療団体(これらは大方、裏でウータイの支援を受けていた)の活動の追い風にしかならなかった。ちょうどウータイとの休戦条約が結ばれ戦火がおさまっていた事もあって、魔晄炉とソルジャーの存在の是非すら問われるようになってしまった。
神羅の隠蔽工作が逆にザックス達の立場を守っていたのは皮肉な結果だが、ザックスはどうせなら神羅ごと解体してしまえばいいと思った。すべてが投げ遣りになったのも無理はない、さすがの神羅も市民大多数の声は無視できず、とりあえずザックス達ソルジャーに対して当面の自宅待機を通達した。今まで戦争一直線に生きてきて趣味といえば酒とタバコと博打くらいのもんで、仕事がないからと外に出ればソルジャーと後ろ指を刺され、家に籠もればとめどなく陰鬱とした思いが溢れたザックスの内面の暗黒時代絶頂期。
自棄になって行き付けのバーで飲んだくれていたときに、クラウドに出会った。
平素は明るく人柄もいいがその時ばかりはさすがにザックスも荒んでいて、おまけに暗い店内で魔晄を隠すサングラス、かなり浮いている自覚もあり女の子に声をかける事もしていなかった。寂しい心で一人飲んでいたザックスはすごい美人がきた、とクラウドを一目見た瞬間惚れ込んだ。
ザックスの不躾な視線を一顧だにせず涼しい顔でハイペースに酒を煽るクラウドはかなり男前で、それまでの暗い気分はどこへやら持ち前の好色な気質が頭をもたげたザックスに怖いものは何もない。クラウドに声を掛けるに至るまで時間は要しなかった。
最初は明らかに怪しい風貌のザックスに警戒していたクラウドも、杯を重ねるごとに饒舌に、いつのまにか人の引いた店内でボックス席に陣取り、そろそろと店員に退店を促されて初めてかなりの時間居座っていた事に二人して気付いた。
今思えば笑い話だ。店も変えずただただ喋り通しで一晩過ごすなんて。
饒舌といっても普段が人の倍以上無口で無愛想のクラウドと、せいぜい人の倍くらいしか喋らないザックスとでよくそれだけ持ったものだ。しかもすっかり機嫌がよくなっていたザックスはサングラスをいつの間にか外していて(だってクラウドの顔が見たかったんだもん、と本人は気楽なものだった)、暗い中でも発光する魔晄の瞳にクラウドは少し驚いた顔をしたが、それだけだった。少しおいてから、俺も神羅にいたんだ、とぽつりと呟く。
「所属は?」
「……神羅特殊作戦部隊」
すごいだろ、と微笑むクラウドにザックスはへぇ、と感嘆して頷いた。ミッドガル直轄の特殊作戦部隊は、ソルジャーが出向くまでもないと判断される戦局や、戦闘以外の情報収集・民事作戦・非軍事特殊活動などでも活躍する、戦闘以外にも特化した部隊である。ソルジャーが作られ、タークス部門が新設されてからその存在感は多少薄れたが、単独活動の多いタークスと違い、部隊として編成され作戦に組み込まれる事が多い。ソルジャーに次いで神羅が誇る精鋭部隊、ソルジャーにひけを取らないエリート集団との認識がザックスにはあった。事実そうだ。
素直にそう私見を述べると、アンタの方がすごいだろソルジャーなんだから、とクラウドは笑って、でも除隊されちゃったけど、と言う。
「なんで、除隊なんか」
「不行跡除隊。素行が悪かったんでね」
と答えるクラウドの笑顔に、自嘲めいたものは見えない。もう四年も前の話だし、と呟く横顔を見ながら、四年、と言う数字にどきりとする。
ちょうどニブル事件前後の話だ。
その事件の前はザックスはジュノンに配属されていたし事件の後もすぐに南部に飛ばされたから、入れ違いのような形になったのだろうか。知ってたら絶対声かけてた、と真面目な顔でザックスが言うと、クラウドは馬鹿かとすげなく一蹴したが、目元が赤かったのは酒のせいだけではなかったと思う。
「次いつ会える?」
と言うザックスに、クラウドは驚いて目を見開いた。おまえ馬鹿だよな、ほんと馬鹿と連呼しつつクラウドは峻拒しなかったから、ザックスは舞い上がった。
ザックスはまさしくその時無職だったから、毎日クラウドに会いに行った。と言っても勿論空振りに終わる事も一度や二度ではなく、今日は来ないのかなーと朝まで粘って店員に追い出される事もしばしばだったが、しかし以前ザックスの胸を覆っていた絶望も恐怖の類が再び巣くう事はなかった。ザックスの心の闇は影を潜めて、その代わりにあの金色の髪の天使の事でいっぱいだった。一度口を開けば天使も逃げ出すような毒舌のクラウドに、ぽんぽんきつい事を言われるのが快感になっていったのはいつの頃か。俺、マゾだったのかも、と冗談交じりに呟けば、何いってんだ馬鹿、と言われた。クラウドの馬鹿は口癖みたいなもので、「嫌よ嫌よも何とやら」の法則に当てはまるとザックスは踏んでいたのだが、その時の馬鹿ばかりはさすがに本気で呆れているようだったのでザックスは作戦を変えた。
毎日店に通い、落胆する日々にもいい加減つかれていた頃だ。
一緒に住まないかとの申し出に、クラウドは予想通りすごく嫌そうな顔をしたが、「俺が全部家事するから」とクラウドを口説き落とし、めでたく同棲と相成った。
それから自宅待機が解かれるまでの半年はまさに天国、蓄えがあったし手当ても出たからザックスは喰うに困らず、しかもクラウドがそばにいる。一人暮らしが長いし手先も器用だから、家事をするのに苦はない。得意だ。寧ろ今までどうやって暮らしてきたのだろうという位生活能力のないクラウドの世話に精を出す毎日。あれだけする事がなくて荒んでいたのが嘘のよう。あー、世界ってきれいだったんだなーとしみじみ言うもんだから、クラウドに真剣に気味悪がられた。
クラウドはと言えば、たまに仕事と出かけていく。あまりに不定期なのでザックスが職種を聞けば、何でも屋と帰ってきた。
「何でも屋?」
神羅の特殊部隊にいたような男だ、そのスキルをいかして余程危ない橋を…と危ぶんだザックスに、クラウドはくすくすと笑った。
「あんた今、とんでもないこと考えただろ」
「とんでもないことって?」
「さぁ?なんか…裏の仕事とか?」
考えていた通り言い当てられてザックスが言葉に詰まり、クラウドは余計楽しそうに笑った。
「ばーか、違うって。子守りとかさ、犬の散歩とか、そんなんばっか」
「……子守り?」
「なんだよその顔」
「いやだって、クラウドがどんな面して子供に接してるのかと思うと…」
「うわ、むかつく」
くくくと腹を抱えて笑うザックスに真剣に不快そうな顔をしてクラウドは睨む。いや、悪い悪いとザックスが謝るが、笑ったままで余計にクラウドの怒りに触れた。
ばふ、というクッションの襲来を防ぎながら(さすがと言うか、クラウドのこれが結構痛い)ザックスは、でもよかった、クラウドはいいお母さんになれるよなー、なんて笑っていた。
「子供産めるか。男だぞ」
「クラウドの子供だったら絶対可愛いぜ」
「話聞いてねぇよこいつ…」
呆れ声で手を止めたクラウドを素早く引き寄せ、夢なんだ、と言いながらキスをする。
「夢って」
「最愛の人と家庭を築くのが」
耳元で囁くと、クラウドの耳が赤くなるのがよく判る。ばっかじゃねーの、ソルジャーのくせにロマンチストって…というクラウドの口を塞ぎ、子作りしましょーアナターと言うとクラウドはやっと笑った。

そんな生活が続いたのも半年足らず。反神羅活動が激化、世論と体面を慮りソルジャー投入を控えていた神羅の政策にも限界がきた。突然の召集命令に久しぶりにクローゼットから取り出されたソルジャーの制服は、まるで不幸の象徴だった。
クラウドと一緒に過ごしていた間忘れていた恐怖が、再びザックスを襲う。フラッシュバック。
血の海と化した魔晄炉に踏み入れたあの瞬間、ザックスの胸に沸いたのは嫌悪より高揚感だった。その破壊衝動が生来自分の持っていたものなのかそれともソルジャーになる際に注入されたジェノバ細胞のものなのかザックスには分からない、もしかしたらそういう素因がある人間がソルジャーとして選ばれるのかも知れない。が、しかしもしそうだとすれば自分の行き着く先もセフィロスと同じ――。
明日の準備してくる、と言ったきり部屋に籠もってしまったザックスを心配してクラウドが様子を見に来たとき、ザックスは部屋のクローゼットの前で硬直していた。ザックス?と声を掛けても反応がなく、クラウドはザックスの正面に回る。うつろな目は何もうつしていない、真っ青な魔晄の目が虚空を漂っていた。
「ザックス」
もう一度クラウドが強く呼んで、頬に手を添える。ぺちぺちと頬を叩くと、ふっとザックスの目に焦点が戻った。
「クラ、……」
「声擦れてる。平気か?」
ああ、とザックスが頭を振った。目を押さえる指の間からも、魔晄の瞳が爛々と輝いていた。