今日は外で食事しよっか、と言う話になった。一緒に住み始めた頃で、まだプレートの上も下も今より少し穏やかだった。
神羅の医療施設の方に顔だしたザックスが、待ち合わせしていた六番街スラムに降りた時にはもう大分風も冷たくなっていた。
予定より少し早く待ち合わせ場所についたザックスだったが、既にそこにクラウドがいた。辺りは既に薄暗く、子供の姿はない。ひっそりした公園の端、低い滑り台の側面に寄りかかり、コートのポケットに両手を突っ込んで遠くを見ていたクラウドがザックスに気付き、滑り台から身体を離す。
「ごめん、待った?」
「いや…待ったというか…もう今日はいいって言われたから。一日暇だったんだよ。適当に店見て時間つぶしてた。」
だったら連絡してくれればいいのに、とザックスが言うと、ちょうど服見たかったし、というクラウド。
その不定期な勤務形態に、
「そういや、今何の仕事してんの?」
とザックスが疑問に思ったのも無理はない。なんといってもクラウドの何でも屋稼業、名前からして得体が知れない。物騒な事はしていないと言うが、心配になるのも恋人心、前は専ら犬の散歩と子守りが仕事だと言っていたが今もそんな平和なのかとか。
「あんた、本当に心配性だよなぁ。禿げるぞ」
「うちの家系に禿げはいないからそれは大丈夫」
「毛根もしぶとそうだもんな」
「……かわいくねぇ」
呻くとクラウドが吹き出した。アンタおもしれー、と鼻で笑われ、可愛いさ余っていっそ憎たらしい。
「アンタが心配するような事はしてねぇよ」
と並んで歩き出すクラウドに、ザックスは疑惑の目を向けた。
魔晄の目に見つめられても物怖じせず、クラウドはしれっとした顔。ほんとだって、と念を押す。
「今は七番街スラムの…セブンスヘブンって小さな酒場あるんだけど、わかる?」
「いや…あっちの方はあんまり行かねぇからなぁ」
「幼なじみの店なんだけど。マスターが女だからさ、色々…最近物騒じゃん。だから仕入れの手伝いとか用心棒っぽい事やってる」
へえ、とザックスは驚いた。女だてらにスラムで店を切り盛りしてると言うのも驚いた理由ではあったが、それ以上にクラウドが懇意にしている女性がいたと言うのにザックスは衝撃を受けた。中性的な容姿と佇まいで、どこか浮世離れして女の影なんて全くない(とザックスが思い込んでいた)クラウドにそんな知り合いがいたとは。
幼なじみうんぬん、そういえば故郷の話も聞いた事がなかった。一緒に住む話になった時に、ミッドガルにきてもう7年くらい、というのをちらっと聞いたくらいで、ではクラウドがどこの出身なのかという話は話題にあがった事もない。自分が辺境中の辺境、まさにドの付く田舎ゴンガガの出だと言うことは最初に酒を飲んだときに、話のネタに暴露したが。
幼なじみって、とその辺りを突っ込もうとしたザックスを遮り、クラウドが「あ」、と声をあげた。
「こっち、駅じゃ」
「そうだけど…なんかまずかった?」
「俺、プレートの上行けないんだけど」
「なんで」
「IDで止められる」
「え、……なんで」
さすがに驚くというより不審に思った。ミッドガル上層に行くには神羅の発行するIDが必須、元はプレート上層部の治安維持のため、移民の過剰な流入を防ぐために開発されたのだが、実際はテロリスト等危険因子の侵入を防ぐ水際作戦の意味合いが濃い。最近は審査規準が厳しくなり、簡単に申請即取得とはいかないが、一度受理されID発行となれば、よっぽどの事がない限り剥奪もない。よっぽど――殺人・強盗・強姦・放火の凶悪犯罪、もしくは反乱罪でも起こさない限り。
クラウドもかつては神羅で働いていた以上、IDを取得していただろうし、除隊処分を受けたからといって、それだけでプレート上層から追放される事はない。そう思っていたから、たまには毛色の違う所で飲むのもいいかなと、プレート上層に行くつもりだった。
おまえ何したの、とのザックスの問いに、クラウドは少しだけ眉を寄せた。
「なんか仕事の事といい、俺の事危険人物扱いしてないか?」
「いや、だって」
「除隊されたのは無断欠勤しまくったからだし、IDは…ちょっとした書類不備があったからなんだけど…だからさ、そんな目で見んなよ」
「書類不備ってなんだよ」
「あんたデリカシーないとか言われないか?」
呆れてため息をつく。なまじっか顔が整っているだけに、クラウドの怒った時の徹底した無表情は凄みすらある。ザックスもそれくらいで怯まないから、空気が凍ったように張り詰めた。
「……年、サバ読んでたんだよ」
折れたのはクラウドだった、後ろ暗いところがあったせいなのか、珍しく表情を崩さないザックスに勝ち目がないと悟ったのか。
「は?」
「あと出身地も。俺がこっち上京してきた時って、発行審査が微妙に厳しくなってきた時で…身寄りもない14歳が申請しても通らないって言われたから。」
「言われたって誰に?」
「誰ってわけじゃなくて、そういうもんだったんだって。てか、アンタとしゃべってると取り調べ受けてる気分になる」
「…悪い」
クラウドの語気に強い不快感が混じり、職業柄どうしても、とザックスは頭を掻く。クラウドを心配しているだけで他意はないのだが、これ以上追及してはそれこそ取り調べと相違ない。大体スラムにいる以上、根掘り葉掘り詮索するのはルール違反だとわかってはいるが。愛故だ。
「いいよ、もう。なぁ、それより飯喰うなら六番街スラムでいいよな?」
微妙に冷えてしまった空気を取り払おうとクラウドが話題を変える。腕をひっぱり、ウォールマーケットの方に足を向けた。
「おまえの幼なじみの店とかは?」
「やだよ」
即答されて、今度はザックスが眉を寄せる番だった。
「なんでだ」
「アンタの事、なんて紹介するんだよ」
「恋人」
あっさり言われて絶句し、口をぱくぱくさせるクラウドに、畳み掛けるようにザックスが低い声で言った。
「まさか二股…」
「違っ…馬鹿か」
「動揺が見えてるぞ」
「アンタが変な事言うからだ。」
ぷい、とそっぽを向き、腕を解いて離れようとするクラウドの手を掴む。
「……信じていいか?」
「くそ真面目に言うのが阿呆らしくならないか?」
「いたって真剣だ」
腕を掴まれじっと見つめられて、クラウドは一瞬狼狽える。助けを求めて周りを見たが、人気のない公園に群がるのはカラスのみ。振り払おうにもソルジャーの力は強く逃げられない。
「……俺は」
「ん?」
俯いたクラウドは、もごもごと口の中で呟いた。ザックスが聞き返して、クラウドの顔に耳を寄せた。
「…――」
耳まで真っ赤にしてクラウドが呟いた言葉に、ザックスの頬が弛んだ。
一転して上機嫌になったザックスと対照的に、不本意だと赤面して冷めやらぬままのクラウドは、だからなんでそんな強引なんだ…とかぶつぶつ悪態を付きながら、それでもしっかり手を繋いでウォールマーケットを歩いていた。マーケットの狭い道は左右に屋台が立ち並び一層雑然としている。人にぶつかりそうになるのを、ザックスは割と器用にすいすい間を縫っていく。
「あ、ザックスちょっと待って」
握っていた手を引っ張られ、なに?と立ち止まる。
すっと離れて雑踏に紛れたクラウドが、プラスチック皿に入った菓子を手に戻ってきた。
「ごめん、懐かしいの見つけたから」
「何、これ」
「カラメルポテト。好きだったんだ」
嬉しそうに、楊枝で突いて口に運ぶ。一個あげる、と楊枝で刺して渡された。
「じゃがいも?」
ふーん、とすぐには食べずにまじまじと観察する。
「うん、じゃがいも茹でてカラメルソースと混ぜるだけなんだけど…母さんがよく作ってくれてたんだ」
三つ入っていたカラメルポテトを歩きながらぺろっと平らげ、最後に残ったザックスの取り分をちらりと見る。
「欲しいのか」
「……別に」
素直でないクラウドに笑って、でもやらねー、とザックスは口にポテトを放り込む。あっ、とそれを目で追ったクラウドの頭を撫で、今度作ってやるよ、と言う。
「ほんとに?」
「うん。味もわかったし。ミッドガルじゃあんまり見ないお菓子だよな」
残った楊枝を手の中でくるくる回しながらザックスが言う。
「ニブルの方の料理だからなー」
はい、と空になった皿を差出し、使い終わった楊枝を受け取りながら言ったクラウドに、ザックスが反応した。
「……おまえの田舎って、ニブル?」
「そうだよ。……もうないけど」
ザックスの脳裏にある映像が駆け巡り、硬直した。雪に埋もれた村と、食い千切られた村民の死体。捨てられた過疎の村。魔晄炉に続く山麓の村だ。
「おまえの幼なじみって…」
「ティファもニブルだよ。あの事件の生き残り」
はい、とゴミを手に乗せられ、早く行くぞと促されても、ザックスは気付かずその場に佇んだまま、クラウドを見ていた。
おまえ最近付き合い悪いよな、と声を掛けられた。座って煙草を吹かしていたザックスが、は?と顔を上げる。同僚のソルジャーが集まってこの後どこに飲みに行くかと算段しているらしかったのだが、ザックスは話に加わっていなかった。ぶっちゃけクラウドの事を考えていて聞いていなかった。何が哀しくてせっかくのクラウドと会えるチャンスを逃がしてまでおまえらと飲みにいかにゃならんと言うのがザックスの言い分なのだが、付き合いも広くおねーちゃんに人気もあったザックスが、最近頓に付き合いが悪くなったのだから事情を知らない周囲は驚いた。
遂に決まった相手でも出来たかと騒がれ、連れてこいと囃されたが、クラウドが嫌がった。IDも持ってない様な奴と付き合ってるとか噂されたらザックスにもあんまり良くない、とクラウドが真面目な顔で言って、ザックスはそんな事関係ないと反論した。
しかしクラウドは頑として譲らず、そこはザックスも無理強いするつもりはなかったから、その場は一旦それで引いたのだが、その夜ザックスのベッドに潜り込んできたクラウドがザックスの胸に顔を埋めて、ほんとは、と呟いた。
「もう思い出したくないんだ」
それがあのニブルの事件を指すのであれば、クラウドが思い出したくない嫌悪の対象に自分も含まれるのではないかとザックスはぞっとした。クラウドの肌が触れている辺りが異常な程敏感になって、いつも滑らかで人形みたいな彼の肌が、思いの外ざらざらしているなぁなんて思いながら頭を撫でる。
「クラウドは、神羅が憎いのか?」
クラウドの冷たい唇が鎖骨の辺りで蠢いた。
『……ザックスは?』
「……は?」
「だから、連れてこいよ、その金髪美人」
「はぁ?」
回想に耽って全く聞いていなかった。小突かれて我に返り、間抜けな顔で聞き返すと思い切り背中を殴られた。いくらザックスが無駄に強靱な肉体を持つソルジャーでも、無防備なところを殴られれば痛い。しかも相手は同じく怪力のソルジャー。思わず咳き込む。馬鹿力が、と毒付いて
「てか、どこから金髪美人て話が出た」
「ベケットの奴が見たってよ。スラムでおまえが鼻の下伸ばして美人と歩いてるの」
「連れてこいって」
と散々絡まれ、やなこったとその群れの中から這々の体で抜け出した後(さすがのザックスといえど、ソルジャーセカンドとファーストに囲まれれば苦戦を強いられる)、だった。
喫煙所の端の方でやっと静かに、静かな解放感を胸に煙草を吸っていたときだった。寄ってきたのは後輩のサードクラスのソルジャーだった。ザックスが前線から退いた後にソルジャーになった男で、顔と名前を知っている程度。精鋭ソルジャーといえど、サードクラスになると人数は割と多い。
「ザックスさん」
思い詰めた表情のその青年は、ザックスより五つ六つ年若いほど。クラウドと一緒くらいかぁ、なんて、何に付けても恋人に繋げてしまうのは自分の悪い癖だと思う。
「俺の友達も見たって言うんですけど、ザックスさんの恋人ってもしかして……クラウド・ストライフじゃないですか?」
「………そうだけど。知り合い?」
「自分がソルジャーになる前に、所属が同じだったので。その……ストライフは生きてるんですか?」
真剣な後輩の目は、よく見慣れた魔晄の色だった。ああ、と頷くとそれが不安げに揺れた。そうですか、とだけ言って彼は一礼して、逃げるように身体を翻した。駆けていく後ろ姿を見ながら、ザックスの中で、ぞわ、と嫌な胸騒ぎがした。彼の不安が、ザックスにも伝染したようだった。
ミッドガルは混乱の一途をたどり、ザックスは唯一のトランキライザー、幸せな家庭と最愛の人クラウドの下に帰る事すらままならない。
たまに許され家に帰れば、夢中でクラウドをかき抱いた。
頭の中で無線機のノイズ音に銃声と悲鳴がミックスされ、それがずっと鳴っている。必死でそれをかき消そうと事に没頭した。
今日もそう、かなり乱暴な行為だっただろうが、クラウドは何も言わずに手を握っていた。抱き寄せて好きだ、と譫言の様に囁く。切羽詰まって泣き声みたいになって愛のささやきには到底聞こえないザックスの言葉にクラウドは頬をよせ、俺も、と応える。本当に泣きそうになりながらクラウドを抱きしめる。
ノイズの様な耳鳴りは治まって、クラウドの声も姿も心なしかクリアになった気がする。
金色の髪を梳いて抱きしめの繰り返し、寝癖も加わって法則性なく跳ねる髪が、ザックスの胸に当たってとても気持ちが良いと思う。
「どっか…遠くに行きたい」
「遠く?」
「クラウドと二人で。遠征ではあっちこち行ったけど…旅行って、あんまりないんだよな」
「どこ行きたいんだ?」
旅行と言えばコスタか?ミディール?とクラウドが楽しそうに言う。クラウドもザックスも、この時勢に旅行なんて絶対無理な事はわかっているが、それでも精一杯楽しそうにクラウドは腕を絡め、やっぱチョコボファームかな、チョコボ乗りたい、と提案する。
「チョコボ乗ったことあんのか」
「ないよ。ずっと昔に、小さい時に村に…行商人来た時に一回だけ触った」
「じゃあ決定だな」
「え…?」
「新婚旅行はチョコボファームとゴールドソーサーでチョコボレース」
うわ、色気ねぇとクラウドは憎まれ口を叩いて笑った。
本当にこのまま遠くへ行けたらいいと思った。魔晄の瞳を隠さなくても良い場所に、要らない不安を感じなくてすむ場所に。