その指令がクラウドの所属部隊に下ったのは、本当に偶然だった。
自分がミッドガルに来たのは大きな戦争の狭間、時期が悪かった。ちょうど神羅軍兵士の人員削減が行われていた頃で、それでなくても街に失業者が溢れていて、クラウドのような新たな移民を受け入れる余裕はあの頃のミッドガルにはなかった。
ミッドガルスラム出身者ですらプレートの上で就労するための長期滞在者IDナンバーを取得できない中で、仕事にもありつけず空腹で死にかけたクラウドを拾ったのが、そのスラムを取り締まっていた男だった。
人間としていろいろ大切な物を失いはしたが、おかげで何とかIDを取得し神羅軍に入隊できた。ソルジャーにはなれなかったが、実力を認められ難関試験を突破し特殊部隊に配属された。いつか故郷に凱旋しようと思っていた矢先にその事件が起きた。
ニブルで新種モンスターの大量発生・加えて集落壊滅、という大事件はニュースでは一切報道されなかったが、神羅カンパニー内では半ば公然の秘密となっていた。
ニブル地方出身の兵士達が、途端に出勤してこなくなったからだ。
その頃、ソルジャーセフィロスが調査のため秘密裏にニブル地方に派遣され、それに随行する特別部隊が組まれていた事をクラウドが知ったのは、全てが終わった後だった。地の利に明るいという理由で、ニブル地方出身の人間で編成された特別部隊は、誰一人帰ってこなかった。
クラウドが選ばれなかったのは、ミッドガルのID取得申請の際に、出身をミッドガルスラムだと偽ったからだ。
……もしクラウドがニブル出身であると神羅カンパニー側が把握していたら、その任務が回ってくる事はなかっただろう。
クラウドの部隊は、ソルジャー達の代わりに、「全てをなかった事にするために」ニブルに派遣された。惨劇の原因を調査する事すら許されなかった。いや、検証は既に終わっていた。モンスター大量発生の原因は、科学部門の「不始末」だった。彼らは魔晄の影響で自然発生したモンスターではなかった。科学部はそのモンスターに関する全てのデータを持っていた。
その事実に絶望していたクラウドに追い打ちを掛けるように下された指令は、滅んだ村の復元だった。変わり果てた母の身体を運び出し、モンスターに蹂躙されたかつての故郷を修復している仲間達を見て、クラウドは立ち竦むしかなかった。
気が狂うかと思った。
その日の集会は長かった。
「……クラウド」
センブンスヘブンの地下で、ジェシーから現在のアバランチ時部の活動報告(どこの魔晄炉を停止させたとか、爆破したとか、そんな話ばかりだ)、神羅カンパニーの動向についての定期報告があり、今後の行動について綿密な説明がなされた。締めにお決まりの「俺たちの活動が星を救うんだ」と言う、お世辞にも該博といえないバレットの演説で解散したあと、始終黙り込んでいたクラウドに、ティファが惣菜の入ったプラスチック容器を差し出した。
彼がいるから要らないかも知れないけど、といいながら毎日のようにティファのくれるお裾分けは、ザックスの作った料理とは明らかに違う、故郷の味がする。嬉しいありがとう、と受け取るとその手をティファがそっと包んだ。
「うまく、いくといいね」
――今日のジェシーの報告は、自分達の計画が実行に移される時期がいよいよ近づいている事を示唆していた。
先のミッドガルプレート上テロ組織一斉摘発で、アバランチ支部にも神羅カンパニーの手が伸びたらしい。偽装工作が功を奏し、神羅カンパニー側はそこをせいぜい支援団体の本部くらいにしか認識していなかったようなのだが、そこにまで捜査の手が伸びた。
神羅カンパニーに潜入しているこちらの諜報からもたらされた情報によれば、その時拘束された者の中から裏切り者が出た。暗号化された構成員メンバーのリストの解読を行う代わりに、安全と、エンジニアとしての雇用を約束するという神羅側の提示した取引に応じたらしい。
ここがばれるのも時間の問題だと、ジェシーは深刻な声で言った。それを叱咤したのはリーダーのバレットだった。クラウドはそれを黙って聞いているだけだった。
星の命なんて、自分には関係ない。神羅に復讐できればそれでいい――
「うまく、いくかな」
少し首を傾げてティファに問い返す。ここはきっと、きっとうまく行くよと彼女を励ますところだ。彼女もきっとそれを望んでいる。しかし、クラウドにそんな余裕はなかった。自分の事でいっぱいいっぱいで、これ以上誰の世話も焼く事なんて出来ない。
「……当分、会えないね」
「すぐに会える。」
この場所での、これ以上の接触は危険だと言う事になった。その日が来れば、何らかの手段でお伝えします、というジェシーの言葉通り、次にティファとクラウドが会うのは近いうちに訪れるXデーだ。クラウドにご飯作るのもこれが最後かも、なんて潤んだ目で言われて、クラウドは言葉に詰まった。
「ザックスさんは、わかってもらえそう?私達の、この活動」
「…………さぁ」
無理だろ、という言葉は飲み込んだ。ザックスでなくて他の誰でもきっと、こんな事を理解してくれないだろう。いくら大義名分を掲げていても、自分達がしているのは紛れもないテロ活動であり、ましてやその大義名分に乗っかって復讐をしたいだけのクラウドを、彼が理解するはずがない。
ザックスの故郷も確かに魔晄炉の暴走によって甚大な被害を受けているが、彼の両親は未だ健在であり、いや、もし彼の両親がクラウドの母親と同じように亡くなっていたとしても、彼が自分と同じ道を進むとは到底思えなかった。
うまくいくといいね、というティファの言葉は、クラウドの胸には響かなかった。
ただただ、空しかった。