クラウドと過ごす久しぶりの休日。益々一緒に居れる時間が減って、せっかくのこの日に、一秒でも離れているのが勿体ない気がして、次の休みはどこに行こうかなんて前のザックスの非番から2人で話していたのに、結局一日中ベッドの中にいた。
「…そういやさ」
向き合ってキスを重ね、和やかなピロートークの空気にまた少し艶が掛かってきタ頃に、思い出した様にザックスが呟いた。ザックスの上に馬乗りになり、何と言いながら唇を寄せるクラウドに下半身が疼く。悪戯に腰を突き上げるとクラウドは馬鹿と言いながら頬を擦り付けた。
「サイって、知ってる?ソルジャーの」
「ああ…西ウータイ弁喋るやつだろ?ルームメイトだった。」
鎖骨のあたりに顔を埋めているクラウドが瞬きをする度に睫毛が皮膚をなぞる。この態勢がクラウドのお気に入りだった。くすぐったいと笑って文句を言うと、噛み付いてキスマークを付けられた。
「今度はどっから聞き付けてきたんだかな、一緒に住んでんのかって冷やかされた。おまえによろしくって」
「へえ」
「懐かしいか?」
「まあね」
興味がある事とないことの温度差が激しいクラウドの内心は口調によく表れる。言葉とは裏腹に、声には懐古の感情なんて一切ない。さっぱりした奴だなーと思う反面、もうちょっと自分の話をしてくれればいいのにと思う。詮索したいわけではないが。クラウドの故郷の話が出たのも、あれっきりだ。単純に秘密主義かと思ったが、それにしては今日は屋根の修理をしたとか昨日は犬の散歩が大変だったとか話してくれるから、過去に拘らない性格なのだろう。思い出したくない事が多すぎるのかも知れない。
ゆるゆるとクラウドの腰に手を伸ばし、滑らかな肌を撫でるとクラウドが目を細めた。ザックスの腹に乗っていたクラウドのモノが、少し立ち上がる。
「ザックス」
「……ん?」
クラウドが身体を起こして名前を呼ぶ。手を止め、クラウドを見上げた。熱っぽく潤んだ瞳に暗闇に浮かぶ白い肌はとても扇情的で、たまらずザックスは空いている腕でクラウドの頭を引き寄せる。
「…ザックス」
「なんだよ」
キスを寸前で止めておいて、やっぱやめた、と放り出すクラウドにザックスは言えよ、と姑息にわき腹を責めながら促す。くすぐったい、やめろ、とクラウドを散々擽ってから手を離すと、目尻に涙を蓄めたクラウドが恨めしそうにザックスを睨む。
「苦しいし…」
「おまえが出し惜しむからだろ」
「あーもう…なんでもないって。好きだよって言いたかっただけ。照れたんだよ察しろ」
と八つ当たりもいいところ、クラウドはザックスの首筋に噛み付いて、二人でチョコボ乗りにいこうなと呟いた。
会議室は物々しい雰囲気だった。
「あなたを拘束します」
非番の翌日の退社間際。珍しくテロも暴動もない平和な一日で、ザックスが早く帰れる幸せに胸を膨らませていた時だった。二日も連続でクラウドと夜を過ごせるなんて、最近なかったからだ。その気分に冷水を浴びせられ、事情が掴めないまま、は?とタークスの制服に身を包んだ女性の顔を凝視する。
「逮捕状もここに」
逮捕状。テロリストや支援団体員の逮捕連行はザックスらソルジャーの役目だが、逮捕状なんざ長らく見る機会がなかった。ミッドガルの司法権は実質停止して久しかった。まともな裁判も開かれなければましてや逮捕時の法定手続なんて形骸化している。そもそも一企業が逮捕権を持っている事からしておかしいのだが、今更だ。そんな事を言ってしまうと自らの存在すら根本から揺らぐ。つまり超法規的な逮捕が神羅の名の下にまかり通っていた。それを考えると、今この彼女の行動は割と常識的なのかも知れない――なんて思えるはずもないが。
所持している武器を、と言われ大人しく銃を手渡した。
「容疑は?」
「外患援助罪。アバランチと内通している疑いが掛かっていますです」
彼女の後ろに黒い影が控えている。ザックスを半ば無理矢理この会議室にまでつれてきたもう一人の張本人は実に涼しい顔をしている。更にその後ろ、特殊作戦部隊の制服が整列していた。
「ありえない」
「クラウド・ストライフはご存知ですね?」
「……ああ」
クラウド、と言われて思い出した彼の金髪が、目の前の女性の金髪に強烈に喚起されて脳裏に蘇る。喉に渇きを覚えた。
「先日の捜索でアバランチ構成員の名簿が押収されました、ご存知ですね?」
知っているも何も、ザックスが指揮を採った、それは。彼女は逮捕状を見せ、落ち着いて言葉を発していた。ふと、あの五年前のニブルの事件の報告書の文言が脳裏に閃いた。
「クラウド・ストライフはアバランチの構成員です。彼らの活動拠点になっているセブンスヘブンへの出入りも確認されています」
同胞や兵士達を血の海に沈めていくセフィロスは、きっとこんな様子だったんじゃないだろうか。
特殊作戦部隊の一個小隊とタークス二人。丸腰のソルジャー拘束には、この程度で充分だと思われたのだろうか。だとすればひどく心外だが。
武器がなくても奪えば良いだけなのに。
顔をあげる。
よっぽどじゃないと頭を撃たれたくらいじゃ死にませんけど、と言った失礼千万な医局のスタッフもこのタークスの女もセフィロスもきっと皆自分と同じなのだろうと思った。自分に組み敷かれて、なんでもない顔をして自分をだましていた恋人も、きっとその中にいる。
吹っ切れて気持ちが軽くなった。あのニブルの事件からこちら、ソルジャーの制服に腕を通すたびザックスの胸に巣食っていた恐怖は今、嘘のように晴れていた。あとはどの瞬間にこの机を跳ねあげるか、隙のできるその一瞬をザックスは狙っていた。
「クラウド・ストライフを通じてアバランチに情報を漏洩していた疑いが掛かっています」
女の声に被ってツォン――タークス主任の携帯が鳴ったが、それくらいでザックスを取り囲む人間の群れに隙は出来なかった。ザックスが足を僅かに動かしただけで、銃口が向く。
「抵抗なさらないでください。事を大きくしないようにとの通達です。兵士の士気に関わりますから」
冷静に言う彼女の後ろ、携帯の着信を受けたツォンの表情が歪み――明かりが消え、ザックスが足一般で机を蹴り上げた。
クラウドに会ったのは壱番魔晄炉に繋がる街路だった。サーチライトが忙しなく上空を引き裂き、サイレンが響き渡る街は騒然としている。パニックに陥った市民が大挙して、一つ表に出た大通りはパンク寸前だった。まだ壱番魔晄炉周辺にテロリストが潜伏しているという噂が広がっているせいで、人々は少しでも遠くへ逃げようとしていた。
しかし、その路地だけは、魔晄の供給が止まり電灯が消え薄暗い薄暗く人気もない。そこで対峙するザックスとクラウドを気にかけるものは今のところいない。今のところは。
きっともうすぐ神羅兵が押し寄せてくるだろう。なんたってテロリストと裏切り者のソルジャーがここにいるのだから。
「あんた血だらけじゃないか」
とクラウドは笑った。肩に掛けた散弾銃、見覚えのある型はウータイ軍からの横流し品だろうか。いつもと変わらない笑顔が、逆にザックスの心を冷やした。
「返り血だって」
「強がんなよ。…なぁ、俺、逃げなきゃいけないんだ」
クラウドの手首のバングルが薄く輝く。マテリアの碧い光がザックスの神経をささくれたてた。寒さを感じて目を閉じた。身体中から血と一緒にゆっくり力が抜けていく。
「おまえのせいでえらい目にあった」
「それでそのナリか」
ふん、とクラウドが鼻で笑う。
「壱番魔晄炉、爆破したんだってな。おかげで逃げれたけど。」
「わかってるんだったら」
そこどけよ、とクラウドはいう。小さい声だったが静かな路地にはよく通った。クラウドは予想外に大きい自分の声に驚いたようで、響いた声に不快そうに眉を寄せた。
「あんた丸腰だろ。おまけに手負いだし。こっちはマテリアもあるし、いくらあんたでも無理だから。なぁ」
懇願に聞こえたのはザックスの気のせいだろうか、薄暗いとは言え、夜目の効くザックスにはクラウドの表情を伺うのに、これくらいの光源で充分だった。クラウドは怒ったときと同じ、型を取ったような無表情だった。喋るときに口元が動く以外、表情の変化はなかった。
「なんで俺に近づいた」
クラウドの言うとおり、今更どうこう出来る力はザックスに残っていなかった。体中穴だらけで、血が足りなかった。視界に靄がかかって、慌てて二、三度瞬きして凌いだ。
「……内通者が欲しかったから。落とせって言われたんだ。アンタの故郷も魔晄炉の事故で被害被ってただろ。だから、まだ取り入りやすいんじゃないかって。それだけだよ。」
愛情なんか、と言い掛けてクラウドは首を振った。
大通りの喧噪が遠く聞こえる。クラウドの髪が服と擦れる音さえ聞こえてきそうなくらい、そこは静かな空間だった。大通りのごった返した雰囲気はここまで届いてこない。
なぁどけよ、ともう一度クラウドが言う。
「クラウド」
「なんだよ、だからどけって」
クラウドがいらいらとした口調で銃口を向ける。なぁ頼むから、といった彼の声は切羽詰まっていて、どっちが追いつめられているのかわからんと、ザックスは喉の奥で笑った。
「撃てよ」
「……なんで?」
銃を構えているくせに、クラウドはザックスの言ったことに納得いかないらしかった。
銃口をこちらに向けている以上、後は引き金を引くしかないのに。
「俺、ここに来るまでにいっぱい仲間殺してきちゃったし。どうせ戻ったって今度は神羅に殺されるだけだから」
「……知るかよ」
「責任とれよ。おまえのせいだぜ。身体もだるい」
責任って、とクラウドは狼狽した。ザックスが無造作に、というよりふらふらとクラウドに近づき、迷った銃口を押し退けて抱きしめても、クラウドは何も言わなかった。腕の中でクラウドがたじろぐのにもかまわず力を入れて抱く。
「血、付くだろ」
「……ごめん」
「こんなんじゃ殺せねぇよ」
「うん」
クラウドの銃を握った手を取って導き、銃口を自分のこめかみにあてる。
「頭、つぶしてくれなきゃ死なないから。俺」
ザックスに包まれたクラウドの体温を持った手が戦慄いた。表情が見えなくてよかったと思う。手放したくないと思ってしまうだろうから。
「無理だって…なぁ、ザックス」
クラウドが身体を揺する。逃げ惑う人々の喧騒の間に整然とした軍靴の地面を駆ける音が混じった。もうすぐこの静寂もその軍靴に蹂躙される。
静寂の最期の瞬間、ザックスの血が地面に垂れる音がクラウドの耳にも入った。はっとしてクラウドがザックスの胸を押し返したが、離すつもりは毛頭ない。クラウド、と囁くと金色の頭が揺れた。
「……次、会うときは」
「もう会うことなんてないよ」
「冷てぇなあ」
はは、と笑うそばから力が抜けていく。いつのまにか抱き締めるというより支えてもらう形になっていた。クラウドはもう抵抗しないでなすがままに任せている。
次会うときは、ともう一度ザックスは息を吐く。
「ミッドガル以外の場所で、」
報告書(概要)
ミッドガル壱番魔晄炉、伍番魔晄炉の連続爆破事件については、テロ組織アバランチが犯行声明を出したが、プレジデント神羅殺害については犯行を否定。〜中略〜ソルジャーファースト二人を含む計十一人がアバランチとなんらかの接点を持っていた発覚したので即日拘束した。
このほか退役兵も多数アバランチに加担していると思われる。引き続き調査を要する。
ソルジャーファーストについては、ジーマ=サイは拷訊の結果アバランチとの内通及び情報漏洩を自供。
ザックス=フェアは逃亡後に死亡が確認された。
ザックス=フェア拘束時にタークス一人と神羅陸軍特殊作戦司令部特殊作戦群第二群21人が死亡した事について今後ソルジャー拘束時の態勢の再考を要する。
尚ニブル事件に続きソルジャーファーストの暴走が予期出来なかった事については、ソルジャーを管理する科学部門と治安維持部門の……