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クラウドはザックスと出会ってまだ一週間かそこらなのだが、その間の付き合いで彼が変わっているのはよくわかった。クラウドが今まで付き合った事のない人種だった。ソルジャーとか特殊部隊の兵士たちは、作戦時以外宿舎から出てクラウド達衛生兵と接触を持とうなんてしなかったのだが、ザックスはその時点からして違った。
彼らの活動時間が夜であるといっても、昼間は昼間で筋トレであったり睡眠時間であったり作戦会議であったり、つまりはクラウドに構っている様な無駄な時間はないはずなのだが、ザックスは4日続けてクラウドの所にやってきた。
いつ寝てるんだと聞けば、俺は寝溜めができるからとか抜かした。ソルジャーになればそんな芸当も可能なのかと思ったが、掩蔽壕の影で座って空を見ていたらザックスはいつのまにか眠っていた。やっぱり眠たかったらしい。
そしてザックスは敬語を使われるのを嫌がった。サーとか階級で呼ばれるのを毛嫌いして、いいじゃんザックスって呼べよ、と笑った。何言ってんだこいつ、とクラウドは思ったが、試しにザックスと呼んでやると喜んだのでもうそれでいいかと思った。
そんな日が続いて、出会って5日目ザックスはいつもの時間にクラウドの所に来なかった。もう今日はこないのかな、とクラウドが思い始めてだいぶ日も暮れた頃にやってきたザックスは、寝起きらしくていつもより髪の毛が跳ねていた。クラウドが壕の上で寝転んでいる横に、いつの間にかいた。よぉ、と声を掛けられ、身体を起こそうとすると押し止められた。
「隣いいか?」というとクラウドが答えるより先にちゃっかり体を寄せて座った。ザックスの身体からはいつも砂の匂いと汗の匂いとがして、それに血と硝煙の匂いが混ざって、どんな香水の匂いよりクラウドを刺激した。クラウドが居心地の悪さを感じて身を捩ると、ザックスはちょっと困った顔をした。なんで離れんの、と言って少し迷ったあと、小さい子どもが母親にするみたいなキスをした。クラウドは避けなかった。変なやつ、とだけ思った。
認識票の間からのぞくソルジャー宿舎は人の気配がなく、そういやあれから2日程ザックスの顔を見てない、とクラウドは欠伸を噛み殺しながら思う。唇を奪った後の奴の食えない笑顔が脳裏に浮かび、寝転んでいるのも阿呆らしくなって中に戻った。その日の夜中久しぶりに負傷者が運び込まれてきて、クラウドは自分の担当した兵士の脇腹にぱっくり空いた穴を見ながら、自分もあの日もしザックスが来てくれなかったら、こんな風に身体の中に手を突っ込まれていたのだろうかと両手を真っ赤にして、目を伏せた。自分の身体に穴があいてそこから腸がはみ出る様子を想像したら、頭に一気に血が昇ってアドレナリンが分泌されたが、モルヒネを打つ手は震えなかった。
応急処置は明け方まで続き、バウンシング・ベティだのブービー・トラップだのに足やら手やら身体のそこかしこ持っていかれた何人かの兵士達に止血帯を巻き血漿を打ち、撒き散らした血の量はまるで地獄の沙汰、救急ヘリを要請し、何回かに分けて急を要する重篤者からヘリに乗せ、すべて片付いた時には空が白々としていた。
疲労でふらふらしながらヘリの発着地に背を向け、ふと基地を取り囲む外周陣地を振り返った。
鉄条網を越えて戻ってくる隊列があった。野戦用の帽子に緑色の迷彩服、顔にも迷彩の炭を塗りたくりライフルを背負った隊列の先頭にザックスがいた。彼も特殊部隊と同じく迷彩服に身を包んでいたが、厚い迷彩の布地でも隠しきれないくらい筋肉が盛り上がっていて、それがザックスだとすぐにわかった。ザックスはクラウドを見つけると、隊列から離れクラウドの方に進路を変更した。離れるときに少し止まって自分の後ろにいた兵士達に何か言い、その中の一人が頷いた。ザックスは疲れているだろうに、足音一つ立てない教本通りの動作でクラウドに近づき、手をあげる。
「久しぶり」
「アンタ、今帰りか」
「そう、2日?3日ぶりか。」
自分の身体にも血の臭いがこびりついていたが、ザックスもそれに負けないくらいひどい臭いだった。いつもより汗のにおいと土のにおいが鼻についた。
「身体拭いてこいよ。嫌なにおい」
「おまえだって結構なもんだって」
にや、と唇の端を釣り上げる。顔に塗りたくられた迷彩模様が歪んだ。顔ふけよ、と持っていたタオルを渡してザックスが顔を拭いている間、次に自分がなんていうべきか考えていた。さっきまで立ったままでも眠れそうなくらい疲労困憊していたのに、今は信じられないくらい頭の中を血液が巡っている。なんていえばもう少しこの男を引き止めていられるかと算段したが、クラウドの貧困なボキャブラリーではとっさにうまい言葉は出てこなかった。とりあえずもう使い物にならなくなったタオルを受け取り一言臭い、と文句をいった後、ちょっと考えて「アンタの臭いだからいいけど」と付け加えてみた。
ザックスの動きが止まって、じっとクラウドを見た。瞬きもしなかった。瞳がなまじっかあんなガラス玉みたいなもんだから、精巧な泥人形みたいに見えた。
これはうまく言ったんだろうか、とクラウドには判断が付きかねた。ザックスの足を止めるという面においては大成功だったが、言葉がストレート過ぎたかもしれない。性急だったかな、と思ったけれど、会って5日目にキスしてきた奴よりはマシか、とも思った。
「……クラウド」
どうやらそれはうまくいったらしくて、熱っぽい目をしたザックスに腕をつかまれて、外周陣地の、いつもクラウドが寝転んでいる壕の中にひっぱり込まれた。汗と血の臭いでむせそうになって、それを誤魔化すためにクラウドは夢中でキスをした。
「悪い、ちょっと俺汚いから」
「うん」
「ゴム、付けるし」
なんでこんな女日照りの所で、しかも任務帰りにコンドームなんか持ってんだ、とクラウドが聞くと、おまもり、とザックスは笑った。やっぱりわけわかんないやつ、と思いながら、自分が付けたこともないそれをザックスが付けるのを見ていた。ゴムを付けてるザックスは相変わらず格好はよかったけれど、髪に泥が乾いて固まって服も砂だらけで汚くて、なんとなく間抜けで、クラウドは頭に昇っていた血がちょっと下がって、俺なんでこんなやつとこんな、と我に返り掛けた。ザックスがもうちょっと手間取っていたら、クラウドは彼を一人残して兵舎に帰っていただろう。結局のところ他人の血であったり汗であったりそういう原始的(本能的?)な臭いにクラウドはあてられていたんだと思う。
クラウドとザックスがあってからまだ一週間がやっと過ぎたくらいで、クラウドは男に抱かれる趣味はなかったし、縦しんばそんな願望をクラウド本人すら気付かないうちに持っていたとしても、出会ってからこんな短期間で行動に出てしまう程、クラウドは積極的な人間ではなかった。現に故郷の幼なじみに、物心ついた時から抱いていた恋心は結局故郷を出るまで伝えられることもなく消えてしまっていたから。
ただそれがいくら熱に浮かされた末になし崩しに結んでしまった関係だからといって、一夜限りであったとか、そんな訳ではない。セックスが全部終えて、眠りこけたザックスを放ってクラウドがそっと兵舎に戻った日の翌日も、ザックスはにこにこしてクラウドに寄ってきた。
クラウドは抜け切らない疲労がたたって目のしたに立派な隈ができていて、しかも容赦なくつかれて鈍く痛む腰をかばっていたから、いつもの数倍目付きが悪くて愛想がなく、しかもザックスと消えた所を同僚たちにばっちり目撃されていたせいで、彼らの隠そうともしない好奇の目に曝されて、輪を掛けて機嫌が悪かった。
「なぁクラウド」
朝食を終え、トレイを返却しに席を立つクラウドに、ザックスはまとわりついてきた。クラウドはそれを完全に無視してトレイを返し、無言で食堂を出る。
「なぁ」
食堂を出て数分歩いて、ザックスがもういいだろ、と焦れったそうに声を掛けてきた所でクラウドはやっと振り返った。
「アンタといると目立つんだよ」と言ってやると、無自覚なソルジャーは、え、と目を丸くして、悪い、と頭を掻く。
「腰も痛い」
「あ、ああ…」
「最悪だ」
クラウドはぶつぶついいながら兵舎に戻ろうとして腕を捕まれた。
「最悪ついでで悪いんだけど」
そのまま腕をひっぱられて、抱き締められ、今日は無理?と囁かれる。ぼっと顔に火が付いたみたいに熱くなって、クラウドはまともに言葉が出ずに恋する乙女よろしく頷いた。