ザックスはクラウドより結構年齢も階級も上だったのだが、クラウドが辛辣な皮肉やら暴言を吐こうが気にせず寛容だった。
クラウドがどれだけ大人振って毒舌をふるおうが、ザックスに比べればまだ経験も浅い子供の飯事みたいなもので、クラウドもそれを分かっていたからザックスに対して好き勝手に物を言うことができたし、ザックスも敢えてクラウドの言葉を否定したりしなかった。ただ一回だけ、クラウドが俺もソルジャーになりたいんだけど、と言った時に、ザックスは眉根を寄せて、それは止めておいた方がいいと言った。
「なんで」
「碌なもんじゃないからな」
「アンタだってソルジャーじゃないか」
「だから、俺も含めて」
そう言ったザックスの目はくすんでいて、ぽっかりと穴があいたみたいに暗かった。
「おまえも見ただろ、碌なもんじゃない。あんな状態になってまだ生きてるなんてありえるか?」
ザックスがあの身体を半分抉られたソルジャーの事を言っているのは明白だった。ポンチョに包まれて運び込まれて来たソルジャーは身体の半分、いや、無事に残っている部分の方が少なかった。皮一枚で身体にぶら下がっていた腕がだらんと垂れていた。生きながら焼かれて、身体の断面からは確かに中身が見えていたのに出血はなかった。肺を片方なくして息をするだけで激痛だろう、口からはヒューヒューと音が漏れていた。フラッシュバックみたいにそれが浮かんで血の気がさっと引いた。気持ち悪い、と言い掛けて慌てて口を噤んだ。クラウドの心を読んだみたいに、気持ち悪いだろ、とザックスが言った。クラウドは自分が口にしてしまったのかと思って息を飲んだ。それがまともな反応だって、と言いながら伸ばされた手に怯えてクラウドが身体を強ばらすと、ザックスが笑った。
「変な話しちゃったよな、ごめん」
クラウドを抱き寄せて言うザックスは、ひどく自虐的な声音で、自分で自分を苦しめている様にしか見えなかった。
その笑顔を見てたらクラウドはなんとなく恐ろしくなって、その時は夏で、ウータイ特有の湿度の高い気候に座っているだけで汗が出ていたのだが、芯から冷えて汗も全部ひいて身体の中が空っぽになった気がした。自分より一回りも二回りもガタイのいいザックスを抱き締めるのには少し骨が折れた。ザックスの抱擁を申し訳程度に押し返して、隙間からもそもそと腰に手を伸ばして腕を回せば、ザックスがくすぐったそうに笑った。
障害と言えばそれくらいだった。クラウドがソルジャーという言葉を口にしない限り、ザックスは戦場にあっても冷静で安定していた。逢引きの場所ははじめは屋外の外周陣地の傍の掩蔽壕だったが、そのうちソルジャー用兵舎のザックスの部屋に変わった。真っ昼間から抱き合うのに一番都合のいい場所だった。外は暑くてクラウドが脱水状態で失神しかけて、その瞬間締まるのがイクときに似ていてザックスは気持ちいいと思ったのだがクラウドの身体の安全を考えてやめた。ソルジャー用兵舎に行くようになって、クラウドはこの基地に滞在しているソルジャーが、ザックスだけではない事を初めて知った。ザックスの他は特殊部隊だとばかり思っていたが、そのうちの二人はソルジャー成り立てほやほやのサードだった。そして彼らの持つ魔晄の瞳は太陽のしたではクラウドの瞳の色より少し青が濃いくらいなのだが、日が落ちると蛍光のインクをべっとり塗った硝子玉が2つ浮かんでいるように見える事も知った。
クラウドの連れ込まれたソルジャー用の部屋は少し広くて雑魚寝ではなかった。その頃にはクラウドは、周囲の二人の仲を冷やかす声にもすっかり慣れてしまって、あのからかわれて頬を赤くするのが可愛かったのにとザックスを残念がらせた。
「おまえ最近すれてんなぁ」と言われ、誰のせいだとクラウドは低く呻く。屋外よりはいくらかましだが、ザックスの部屋は蒸し暑く、ベッドのシーツも衛生的とは言えなかった。ブーツを脱ぐ間も惜しんで抱き合うせいでベッドの上に乗った土と、どちらかの髪に付いていた泥が乾いて落ちて肌にあたってざらざらした。
シーツには血の跡もあったが、それらはいつ付いたか分からない位茶色く変色していて、もう砂の臭いしかしなかった。触るとそこだけ固くてぱりぱりになっていて、爪で捲ると粉になった。不衛生だ、とクラウドは文句を言うとザックスはおまえこんなんのが燃えるだろ、と笑う。アオカンとか好きだろ、と言われて、不本意だとザックスの胸ぐらを掴みキスと言うよりザックスの唇を食べる勢いで噛み付いた。
とどのつまりクラウドとザックスは、さしたる障害もなくその森の中の後方基地で二人の仲を育んでいた。二週間三週間ザックスが基地をあける事はざらで、そうでなくても1日2日帰ってこない事もしょっちゅうだった。ザックスがいない間、クラウドは一人、ザックスがこの基地の周りに広がる森の中で臥せてウータイ兵を待ち伏せしているのを想像してみる事があった。顔を炭で真っ黒にして、雨季でぬかるんだウータイの泥に腹ばいになって青く目を輝かせているザックスを、直接は見たことはなかったが、クラウドは容易に思い描くことができた。ザックスにはいつも鉄の臭いが染み付いていて、クラウドを煽った。
昼食どきで食堂に会した兵士の汗の臭いに、リアルにそんな事を考えてしまって、やばい、とクラウドは固まった。身体に走った動揺を隣に座る同僚に悟られまいと背筋を伸ばしたが、クラウドの意思に反して下半身に血が集まって疼いて、ひく、と括約筋が蠢く。思い出してしまった快感を紛らわそうと食事もそこそこにトイレに駆け込んだ。股布を押し上げて主張するそれに、クラウドは額に手をあて「ありえねぇ……」と呻いた。
一人の時ならともかく、あんな大勢の前で勃起してしまうなんて。
誰に見られたわけでもないのにクラウドは羞恥に顔を染めて、それでも欲求には抗えず、硬くはったそれを引っ張りだして手を添えた。
その行為の間クラウドの頭を占めていたのは、ザックスの声とか剣だこで皮膚が厚く堅くなった手の平や汗の臭い、クラウドの身体を割って入ってくる感触であったり、とにかくザックスに抱かれている間にクラウドが全身で感じた事を思い出して、それを必死でザックスの形にしようとしていた。ザックス、と名前を読んでトイレの片隅で達するとき、クラウドは心の底からザックスを思っていて、それが愛だと疑ってもいなかった。