俺のこの一言も二言も余計な事を言ってしまう性格は幼少の頃からの筋金入り。無駄に虚勢を張り毒を吐き、クラウドは思った事を素直に言っちゃう性格なのね、と苦笑いされて許される時期はとうに過ぎ、いい加減空気読めよと周りから白い目で見られるような年頃になっても、初めは母、次は親友、そして幼馴染みと甘やかされ続け、しかしやがて最後にはそんな優しい庇護者達も、一人また一人ライフストリームに還り、……そして誰もいなくなった。
俺はティファと一緒にならなかった。そんなことを言っては失礼千万だろうけど、俺の中のティファ像は20代後半を境に止まっていた。しかし目の前の彼女は確実に年を取り、髪は豊かさと潤いを失い胸は垂れ(こんな事を言っているから俺はきっと駄目なんだ、いつまでも。しかし俺はそれを決して彼女が魅力的でなくなったとは言わない。彼女はずっと綺麗だった。非常に「魅力的に」年を取った。ただ彼女が老いていく言う現実が受け止められなかっただけだ。)、それを受け入れられない俺は一人で居るしかなかった。
それなのにあいつは俺達と連絡ひとつ取らずあの祠に籠もって、そこには永遠に年を取らない彼女が居て、俺とあいつのこの落差はなんだろう。
祠の中には相変わらず綺麗な彼女と、その真正面に、俺たちには見せた事もないような穏やかな顔のヴィンセントが居る。祠の外は戦争やら災害やらで地形だってすっかり変わってしまったのに、この2人の絆だけは永遠でまるで聖域のような雰囲気で(しかし実際の所、彼女とヴィンセントの間には不滅の絆なんてそもそもなかったはずなのだが)、俺はいつも声を掛けるのを躊躇い、どうして俺はこのどちらにもなれなかったんだろうとむなしくなる。
冷たいクリスタルの地面に腰を下ろし、足を組むとやっとヴィンセントがこちらに一瞥を向けた。
「彼女、生きてるの」
「………さぁ?」
「俺思ったんだけどさ」
「…………」
「相槌くらい打てよ」
睨むとすまん、と返ってきた。
「彼女が年とらねぇのって、アンタがそう望んでるからじゃないの?」
確かに俺は度重なる失言方言大風呂敷、失態と醜態を晒して生きてきたが、この時の発言はそれらの類ではなく、ただ彼のその誰も踏み入れない聖域をほんのちょっとで良いから荒らしてみたくなっただけの、失言よりも質が悪い完全な計画犯だった。(しかし、ヴィンセントを怒らせようという高尚な目的の下行われたはずのそれは、結果としてまた1つ失態を重ねただけだった)
ヴィンセントは何も言わず、ただ愛しのルクレツィアを見ていた。俺の胸にはただ言ってやっという子供みたいな昂揚感があった。
ヴィンセントの、なんらかの反応を期待していたのに、彼は平素と変わらぬ様子で、俺は拍子抜けした。なんだよ、何か言えよ、と突っかかるとヴィンセントは何度かゆっくり瞬きをして、化粧をしたティファと一緒くらい長い睫毛を擦りあわせた。
「……そうだな、そうだ。確かに、彼女の中のジェノバ細胞が私の記憶と願望を反映してあの姿をしているだけかもしれんな?あれはもうジェノバであって彼女ではないかも知れないし」
ヴィンセントは最初から最後まで俺なんて眼中になかった。旅の最中で、まだ仲間達と信頼関係を築けていなかった頃でも、バレットなんかわかりやすい例で、俺を馬鹿にしたり嫌悪感をむき出してみたり、俺の事を散々嫌っている癖に俺を強烈に意識していて、それで俺の自意識は満たされていた。なのにこいつと来たら元ソルジャーという俺の切り札も辛い過去も悲惨な人体実験の被験者という立場も全然通用しなくて、俺は構ってくれる人も居なくて寂しくて死んでしまいそうなのに、こいつは意にも介さない。片や罪だの眠りだの生きるだの死ぬだの言っときながら俺もこいつもしぶとく生き延びている。だから一回くらい、俺はあのバレットが俺に向けてくれた嫌悪とかティファの優しさだか憐れみだか判らない感情とか、ヴィンセントのそういうものを引き出したくてわざわざ俺はこんな辺境くんだりまでやってきたってのに、ヴィンセントは彼女ばかり見ている。
「結局生き残ってしまったのは私とおまえだけだが」
「レッド殺すなよ」
「あれは……まだやるべき事がある。星の守護者としての使命と、その一族の子孫を残すという、な。目的も使命もなくただ生きているだけの私達とは違う。生き残った、と言う意味では私とおまえだけが」
あー。はいはいそうですね、と俺は言って、ヴィンセントは溜息も吐かず口を噤んだ。そこまでお互い卑下しなくても言いと思うけど、と俺は肩を竦めた。使命云々はさておき、無目的に生きてるという辺り哀しいかなほんとうのことだから、俺は反論する術を持たない。ただ、ティファが聞いたら怒るだろうなぁと思った。怒ってくれる人が欲しかった。俺はもう、すっかり自分に対する侮辱には鈍感になってしまって、ヴィンセントの言葉に怒れないから。
「これだけ長い間生きていると、己のアイデンティティを保つのが難しい事がよくわかる」
俺なんて最初からなかったけどね、とは言わない。
「私の身体にジェノバ細胞はないが…もしジェノバ細胞が私の中でその能力をフルに発揮したとしたら、なぁクラウド。私はとっくにゴンガガ出身のソルジャーになっていたと思わないか?」
「それで俺は彼女になるって?」
首でクリスタルの中の人を指して、俺は笑った。銃口を向けられたっておかしくなかった。もしかしたらヴィンセントはあの時、マントの下で引き金に指をかけていたかも知れない。彼は俺の笑顔に応えて、その辺の女優なんか目じゃない位とても綺麗な顔で笑って、出来るならおまえを撃ち殺してやりたいよ、と言った。胸の中が満たされていくのが判った。撃ち殺してくれたらいいのになぁと思った。ヴィンセントの気を惹くにはそれ位しか術がなかった。俺の中のジェノバ細胞がそれこそまだ生きているのなら、もうこれ以上余計な事はしなくて良いから、俺を今すぐ殺してくれるかあの水晶の中で眠る女の姿にしてくれないかと唱え、しかしそれは言わずもがな、叶わぬ願いだった。