クラウドって俺の事好きなのかな、なんて、どういう拍子でそんなことを思ったのか、少なくとも体調が悪くて思考がネガティブになっていたとか、鬱積していた漠然とした不安がふとした瞬間に具体性を持ったとかそんなことではなく、それこそ急に降って湧いたような突飛のない不安ともいえないような胸のもやもやだったのだが――一瞬前までザックスの胸の中にそんな影は微塵もなかった。というか、クラウドと出会ってもう10年近く経つが今までそんなこと思いもしなかったのに、急に考えてしまった。不意に。
クラウドと一緒にベッドに横になり、再開されたチョコボレーシングの事とかティファのこと近頃編み物に凝っているらしいマリンのこと、最近立ち上げられたミッドガル―ジュノン間の街道整備計画の話などとりとめもない会話で、贅沢で幸せな時間を過ごしていたのに。

災厄のあと再び出会ったクラウドはなんというかとても吹っ切れてさっぱりした性格になっていて――そりゃあそうだ、神羅の研究室で魔晄漬けにされ逃げ出しあの丘で別れるまでずっと一緒にいたと言っても、最後にまともに喋ったのは5年も6年も昔のことなのだから、記憶の中のクラウドよりは当然成長していようもの。思春期入りたてだった少年はすっかり大人になっていて、いつのまにやらザックスより強くなった腕っぷしにますます綺麗になった顔立ち、昔はあんなに恥ずかしがりムキになっていたザックスのスキンシップにも、「ハイハイうるさい奴だな」と一笑に付す男前に成長していた。
それでも昔のように、好きだよ、と言えば少しはにかんで微笑む様子とか、気に入らないことがあると少し尖る唇、驚いた時のバサバサ音がしそうなくらい長い睫毛を擦りあわせ口元に手をやる仕草とか、とにかくクラウドの所作はどんなものでも全てザックスのツボにはまる。
クラウドが何を言おうが何をしようが愛しくて堪らないのに、どうしてそんな余計な事を思いついたのか。もしかしたら、降って湧いたような、というのは勝手な思い込みで、実は前前から心に巣食っていたのかも知れない。ティファとクラウドがお互いを大切に思いあっているのは知っていたし、彼女がクラウドを大切に思うがゆえに自分達の仲を見守っているのも知っていた。彼女は自分の知らない間のクラウドの苦悩を知っていて、少なからずクラウドがそこから抜け出す大きな原動力となり、それは今も続いている。クラウドが一番辛いときに、自分も半ば死人のようだったとはいえ傍にいれなかった負い目のような――そんな思いが、どこかにあったのかも。
自分はクラウドの一挙手一投足悉くツボにはまり、クラウドさえそばにいれば他に何もいらないと言い切れてしまうポエマー、クラウド中毒であるが、クラウドはどうなのだろう、と。
自分が注いでいる愛情分の見返りを求めるなんて愚行極まりないのだが、愛した分愛されたいのが人間の、というかザックスの性だった。それでも今までそんな疑念を抱いた事がなかったのは、クラウドへの盲目的な愛があったから。俺がこんなに好きなんだからクラウドだって俺の事好きに決まってる、と信じていたと言えばいくらなんでも悲しいザックスの一人相撲だが、しかしそれで今まで一度だって破綻したことがなく疑念をもつ必要もなかった。それを今更どうして、と聞かれたら言葉に詰まる。
「クラウドってさぁ」
「ん?」
「俺のこと好きか?」
ぴく、とクラウドが僅かに眉を動かす。クラウドのポーカーフェイスには慣れっこだし、一見無表情の中に色々感情を押さえ込んでいること、自分がクラウドを大切に思うのと同じようにクラウドもザックスを愛していることもわかっていた。差し詰め今は、「何急に阿呆なこと言いだしてんだ」と言ったところか、読んでいた雑誌を閉じてマガジンラックに戻し、ごろんと寝転がる。
「なんか」
「ん?」
「珍しいな、アンタがそんな事言うの」
「…そう、だよなぁ…」
相変わらずの無表情、しかし頭の下で組んでいた腕を解いてのばすと、素直にクラウドが頭を預けてきた。……こういう動作ひとつ取っても、クラウドに愛されていないなんてこと、万に一つもないことはわかるのだが、
「あ、なんかこの位置くび痛い」
とか言われて欝陶しそうに腕をどけられたりするとちょっとへこむ。特にこんなバイオリズムの低下というか、珍しくネガティブになっているときは。
「じゃあいいよもう…腕枕しねぇし」
腕を引き戻して腹の上で組んだ。クラウドが、ん?と顔をあげ、なんだよこんな事で拗ねんなよ、と腕を引っ張る。
「触らないでください、お触り禁止」
「ガキか…」
自分でもまったくその通りだと思う。だってさぁ、と言い訳がましい言葉が出たのは、そんな自覚があったからか。
「おまえ冷たいし」
「今更だろ」
「いや、うん…今更なんだけど。自分でいうか?」
腕枕は?と言わんばかりに腕を再度ひっぱられ、クラウドの額にキスをしながら、釈然としない気持ちで言う。腕をのばすと再度クラウドの頭の重さが乗ってきた。何が気に食わないんだ?と言われても自分でもわからない。わかれば苦労しない。
「だって俺にはクラウドのすべてがこう…ツボにはまるのにさ、クラウドのツボに俺が入ることってあるの?」
ツボ?とクラウドが首を傾げる。仕草は可愛いが、腕の上で頭ぐりぐりされると結構痛いなーとかクラウド鍛えて頭も硬くなったのかなーと仕様もない事を考える。
「ツボに入るって言うのがよくわかんないけど……ときめくかってこと?」
「端的にいうとそんな感じ。俺はおまえにこう…キュンキュンしてばっかだけどおまえはどうなんだろって…」
クラウドがきょとんとした顔でザックスを見て、ザックスでもそんなん気にするんだ…という呟きが聞こえたが一体どういう意味だろう。気にしていなかった自分がおかしかったのか、もっと今まで気にすべきだったのかと省みる。
まぁそんなこと今更だよな、とクラウドが続けて呟き、今更ってなんかいやな言葉だなぁとザックスは益々へこんだ。
「アンタいまだに俺に胸をときめかせてんのか」
「……」
いまだに、と言われてしまうと、言外に「俺はもうザックスに胸ときめかせないのに」と聞こえてへこむ、と言えば挙げ足をとるなと怒られるだろうか。
その通りだと言われると立ち直れそうにないので、それ以上考えるのはやめておいた。
クラウドの目にかかる長い金髪を指で流しながら、だってふと思ったんだよ、とつぶやく自分の声がどこまでも情けなく静かな部屋に響く。
「昔は、あったけど」
気持ち良さそうに目を閉じてされるがままのクラウドが言う。
「今は?」
「今は…そんな感じじゃないよな」
「え」
ぴたりと止まったザックスの指、クラウドがゆっくり目を開けて、蒼い瞳でザックスを見つめる。おもしろいくらい動揺してこめかみのあたりが引きつったザックスの反応も、クラウドは予想していたのだろうか。とても綺麗な笑みを浮かべた。
「ザックスのことは好きだよ?」
「う、うん」
「たぶん…ザックスがいないと俺は生きてけないし、これから先ザックス以上にあうひとなんて現れないと思う…飯もうまいし」
「ポイントはそこか?」
「あと気が長いとことか」
「……そこ?」
詮無い事だとは思うが、クラウドのフォロー毎に益々表情を歪めるザックスにクラウドは笑う。深くなっていく墓穴。じゃぁ俺よりクラウドと気があって寛容で料理がうまい人が出てきたらどうするんだ、とザックスは真剣にぞっとした。ブランケットの中に隠れていたクラウドの手を探り当て、夢中で指を絡める。クラウドの長い指がそれに応えてザックスの手を包んだ。
どれだけ憎まれ口を叩こうと、愛されてるのはわかるじゃないか、とザックスは口には出さず自分に言い聞かす。不安になる心配なんて、どこにも。
「なんて言ってほしいんだ?」
クラウドは言って目を伏せて、もう一方の手もザックスの手に添える。
「愛してる、とかかな」
「そういうのって、ねだらない方がスマートじゃないのか?」
そもそも愛してるって普通言わねぇし、とクラウドは背中震わせる。
「だっておまえ」
と言い掛け、「だって」の多用に悲しくなる。頭を掻こうとして、手はクラウドに握られたまま自由がきかず、代わりに唇を少しかんだ。
「ねだらないと言ってくんないし。……いいじゃんたまには。なんとなくそういう言葉が欲しい時期っていうかシーズンみたいなのあるだろ」
「へー、そうなんだ」
最後の最後まで言い訳がましく、ついでに自信までなくなって小さくなった言葉にクラウドが笑う。しばらく、繋いだザックスの手の指の付け根の骨張ったところをこりこりしたり筋をなぞったりしてから、それにもいい加減飽きたのか顔をあげた。会話が途切れて随分たっていて、部屋はしん、としている。遠くの方でぼーんと金属板のへこむ音が犬の遠吠えみたいに響き、余計に静けさが際立った。
「ザックス、愛してる」
静寂を躊躇なく破って、さらっと言ってのけたクラウドは、ついでにそのままザックスにキスをした。
そのまま唇が触れるか触れないかの距離で、次はいつ言ったらいい?と真剣な顔でクラウドが尋ねる。少し赤くなった目元、潤んだ瞳にザックスの下半身は勿論胸の辺りまで温かくなって、でもクラウドはこんな気持ちにはなってくれないんだろうなぁと思うとその熱もなんだか虚しい。
「いつかなぁ…周期的には…10年くらい?」
「じゃあ次は10年後だな」
にこりとほほえまれ、それに苦笑いで返しながら…できたらそれまでに、自発的に言ってくれたら嬉しいのにな、とザックスは思った。