クラウドにとって、ザックスは何を言い出すか分からないびっくり箱、玩具箱のような人だった。中に何が入っているのか、それこそ、底の方には持ち主ですら忘れていた、誰からもらったかもわからないようなモノが入っていて、何かのはずみで飛び出してきたりする。
夜、珍しくクラウドの帰りが遅くて、ザックスは一人で家にいた。
クラウドが帰ってくるなりザックスは立ち上がって、散歩に行こうと言い出した。玄関で、クラウドは荷物を降ろしながらリビングを見ようと身を乗り出す。転がった缶ビール、スナック菓子の袋などが見えたが、すぐ目の前にザックスが来て、早く行こうぜと促されてあきらめた。クラウドは決して潔癖ではないが、床にゴミが転がっているのは嫌いだった。特に自分以外の誰かが出したゴミならなおさらだ。帰ってきたらザックスに掃除させよう。散歩から帰る頃にはこいつの酔いも覚めるだろうし。そう思うことにして、クラウドは背中を押されるままに家をでた。
ザックスは普段、クラウドに歩幅を合わせて歩くが、今日は違った。すたすたと先を行く大きな背中を見ながら、クラウドはどこまで行くんだろうと首をかしげた。電車に乗って、プレートの下まで来た。ザックスがあまりに早く歩くので、クラウドは時々差を埋めるために走らなければならなかった。
機嫌が悪いのかと顔をのぞけばそうじゃない、むしろ機嫌はよさそうだった。
頬は酒のせいで火照っているし、表情は柔らかい、時々調子っぱずれな鼻歌まで聞こえてきて、クラウドはまさかコイツおかしくなったのかなと本気で心配になったりした。
真夜中のスラムを足早にすぎて、とうとうミッドガルの外に出てしまった。そういえばこいつ武器持ってないな、クラウドはどこまでも続く荒野と、その向こうに浮かぶ月を見つめながらぼんやりとそんなことを思った。
雲のない星空に浮かぶ今夜の月は、満月でも三日月でもない。クラウドがどう表現していいかわからないような、普通の、月だった。夏に向かう季節、夜の風はまだ少し冷たい。
右手で、念のために手持ちの武器を確認はしてみたが、現役ソルジャーを目の前にしてそれは無駄かなとも思った。
ザックスはまだ歩いている。砂利を踏むブーツの音。そこでクラウドは、ザックスがまったく足音を立てないで歩いていることに気がついた。家を出てからずっとそうなのだろうか、さっきまでは周りの喧騒で気づきもしなかったけどそういえばコイツ、この速さで歩いて足音も立てないで息も切らさずに機嫌よく鼻歌なんて歌ってる。
クラウドは自分の呼吸と足音がやけに大きく感じられて、腕と足に鳥肌をたてて、歩く速度が遅くなった。
ザックスが、そのとき初めて振り返った。
「どうした?お前、顔色悪い。」
酔っ払いに言われて、クラウドは別に、と少し小走りで近寄って隣にならんだ。お前、歩くの速いんだよ馬鹿。そうつぶやくとザックスは、ああごめん。と口先だけの謝罪をして立ち止まった。
「気づいてたんだけどな。」
「何が?」
「お前の気配が後ろからしてたから。時々走って、だんだん呼吸があがってきてさ。」
「うん。」
「けどお前、何にも文句言わねぇから。」
クラウドは、ザックスの横顔を見ていた。ザックスは、どこか遠くをまぶしそうに見つめていた。頬の火照りがさっきよりも薄くなっている気がする。口元に、笑み。
「だから、甘えちゃった。」
ごめん。そう付け足すザックスからクラウドは視線をはずした。ザックスが見つめている方、遠い遠い何かを探したけれど、彼には何も見えなかった。馬鹿。クラウドは言って、隣にいるザックスへ片手を当てた。丁度、ザックスの指先に当たって、ザックスは視線をクラウドに向ける。
クラウドは遠くを見ていた。ザックスはその横顔と、クラウドの、自分に寄せられた白い手のひらを見て、その手を握った。互いに指をからめる。
つないだ手から互いの体温と、呼吸が伝わってきた。しばらくそうやって、二人は遠くを見つめていた。ミッドガルに背を向けて長いこと、二人は何も言わずにただ立っていた。
「帰ろっか。」
ザックスが言う。クラウドが見ると、彼はすっかり普段の彼だった。
クラウドは、素直に笑ってうなずいた。