「誰ですか、ヴィンセントさんにお酒飲ましたん!!」
静かな寒村に、リーブの悲痛な悲鳴が響き渡る。
ミッドガル神羅屋敷でしめやかに始まったはずの酒宴は夜通し続き、時間が経つごとに昏迷のを呈し、仕事で遅れてきたリーブがやってきた時に目に入ったのは、燦々と輝く目を見開いたままシーツに包まるクラウドに、すっかり酔い潰れたシド、拳を振り歌いだしたユフィに追い回されるナナキ、マリンが恋しい恋しいと一人くだをまくバレットの姿(問題のマリンは別室で夢のなか)。
頼みのティファは酔い覚ましにと夜更けのニブル山に軍手一つでモンスター退治に出かけ、それにしても数が足りないと降りていった神羅屋敷の地下で、愛用の棺桶をわざわざ研究室まで運んで書類を散乱させた上に置き、カオス化した状態で眠っているヴィンセントを発見した。床にはビールの空き缶。
よく屋敷が無事だったとリーブの背中を冷や汗が流れる。ごつい外見とは裏腹に可愛らしく丸まって眠るカオスから視線をそらし、とりあえずなかったことにして棺桶の蓋を閉めた。放っておいたらそのうち勝手に元に戻るだろう。
しかしこれではリーブが飲むどころの話ではない。やっぱりいくらヴィンセントさんが渋ろうが面倒臭がろうが、セブンスヘブンで飲んだほうがよかったと、散乱した書類の片付けを思い頭が痛い。
これを見越していたとしたら、ティファさんは策士やで、とリーブは嘆く。人目のない外れの屋敷で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ、買い込んでいた酒もつまみも空になって、まさに夢のあと。せめて何か食べるもの位残っていればよかったのに。
まさか疲れた身体で今からこれを片付ける気にもならず、かといって書類の内容が内容なので、安易に片付けを外部の人間に委託することもできない。となればやっぱり、自らがするしかないのだが、ミッドガルの再興が最優先されていて、まだここまで手が回っていないのが現実だ。
ああ、また一つ仕事が出来たと思いつつ、いいやヴィンセントさんに片付けさそ、どうせ暇やろ寝てるだけやし、とため息を吐いて、せめて足の踏み場を作ろうと、リーブは一番手近にあった紙切れを拾った。



早朝からの牧場の仕事が終わって、部屋に戻る頃には身体はもうくたくた、いくら体力は人並み外れてあろうとも、普段使わない筋肉を使えば百戦錬磨のクラウドをしても疲れる。
それでもやっとこさこの数週間で、牧場仕事と日が昇る前に起床する生活リズムにも慣れてきたころ。シャワーを浴びて埃と泥と藁とチョコボの羽毛を落とし、いつもなら気にもしない、ベッドの脇に放置していた携帯電話をなんとなく見れば、リーブから留守番が入っていた。
折り返して電話ください、と残ったメッセージに応えるのも、疲れた身体ではなんとなく面倒。そもそも電話は得意ではないのに、用件くらいそのまま留守番に入れておけよと思う。まさか声を聞きたい、とかではあるまいに。
めんどくさいとぶちぶち言いながら、上体を起こして着信履歴から電話をかける。数回コールして、いい加減切ってやろうかと思い出した頃電話口に出たリーブは、いつもどおり、と言えば失礼だろうか、とにかくクラウドに負けず劣らず疲れた声をしていた。
平素が明るい分、根暗なクラウドよりも疲れが声に出る。
ミッドガル再興運動団体の旗頭に立って以来ストレスの絶えない彼は、いまに胃に穴を空けるぞと会うたび仲間に冷やかされている。(しかしあの過密スケジュールでも倒れない辺りはさすがというべきか)
グラスランドの辺境地なので、なんとか電波は届くがたまにひどいノイズが混じる。
『どうですか、牧場のお手伝い。大変でしょ。僕やったら2日で音あげてますよ』
聞き取りにくいと思いながら、少ない電波を求めて電話を持つ手をかえる。
「まぁな、それなりに。それよりなんかあったか?」
またヴィンセントが酔って暴れた?と言うと、心底疲れた声で、洒落にならんからやめてください、と返された。冗談も通じないレベルで疲労しているリーブに、件の酒盛りを思い出してクラウドもさすがに苦笑するしかない。
『実は、クラウドさん』
「……なに?」
こほんと一つ咳払いし、真面目な声音になったリーブに釣られて思わず居住まいを正す。咳払いしたときに、息が電話口にかかったのかノイズがひどくなった。
『びっくりしないで聞いてくださいね』
びっくりすること――と言われて思いついたのが、禁煙に成功したシドとか恋をしたユフィ、そういうレベルのことしかなくて、あまりにくだらないので何も言わずに言葉を飲み込んだ。
実は、ともう一度重ねるリーブの言葉にノイズが混じる。
『ザックスさんが見つかりました。例の施設です』
「……………え?」
ノイズ混じりの彼の言葉に挙げられた名前、メテオ、セフィロス、アルテマウェポン、ライフストリーム、大概のことを経験して滅多な事では驚くまいと思っていたのに、それはクラウドの想像の軽く上を行っていた。
網膜に焼き付く光景。
ミッドガルの地中には巨大な地下都市がある、と言うのは、メテオ前からまことしやかに人々の口にのぼっていた。年末年始には特集番組が組まれては、やれ地下で大きな空洞が見つかった、やれ人工の建造物らしき影が見つかっただの大騒ぎ。
蓋を開けてみればなんのことはない、他の怪奇現象の例に漏れず、地下鉄建設の際の横穴であったり、開発が中断放棄された地下トンネルだったというオチ――なのだが、実はすべてがすべて眉唾物と言うわけではなかった。
やましいことは隠し通すのが彼らのやり方、特にミッドガルは神羅カンパニーのお膝元、都合の悪いことを隠すのに、情報操作報道規制何でも御座れ、が罷り通ってきた。
巧妙に巧妙に隠されて、それでも人の口に戸は立てられぬとはうまく言ったもの、誰も信じていなかったその噂の中に真実が存在していた。
ミッドガルのスラムの下に、地下都市とは言わずとも本当にあったのだ――地下施設、が。
怪我の功名と一言で片付けてしまうのは、酒宴の後片付けを押しつけられたユフィとヴィンセントが怒るかも知れないが、結果的にはそうなった。
酔っ払い共にめちゃくちゃに荒らされた地下研究室を掃除する中でユフィが見つけた隠し部屋(ユフィ曰く、壁の造りを見てピンときたそうだ)には、宝条の残した極秘の研究レポートが多数所蔵されていて、その中にミッドガル地下施設について言及があった。
「噂、やとおもてました」
元ミッドガル都市開発部門総括にすら知りえぬところで秘密裡に建設されていた地下施設の捜索、いつもならこの手の任務はクラウドにお鉢が回ってくるのだが、ちょうど彼はその時、チョコボの繁殖シーズンに腰を痛めたグリンの依頼でチョコボファームに出向くことになっていたので、ニブルヘイムからヴィンセントを引っ張り出して、ユフィと2人でその代わりをしてもらう――と言うことまでは聞いていたのだが。
「……ザックス」
『そうです、ザックスさんです。クラウドさんは死んだと思てたみたいですけど、…まぁ実際死んだ言う報告書もありましたし……ミッドガル地下に回収されてたみたいです。元タークスの面々にも聞いてみましたけど、この件に関してはノータッチみたいです。……驚いてましたから』
俺だって驚いてる、と言う憎まれ口が浮かんだだけ成長したのかも知れない。
それでも俄かには信じられなくて、もう一度リーブの言葉を反芻する。
だって死んだと思っていた。
「……ザックスが、生きてた」
『はい。衰弱してはいましたが、意識もあるし命に別状もなかったんで、とりあえずうちの施設に入院してもらってます』
「……うん」
胸が鳴って脈がはやまり、頭に血が昇って痰が詰まったみたいに息が詰まる。
涙は出なかったが、横隔膜が震えて吃逆が出そうになった。額に手をやれば、自分のものなのにずいぶん冷たく感じる。
ノイズが段々、ひどくなる。
『……会いにこれますか?』
リーブに問われてクラウドはうっと言葉に詰まる。
会いにこれるかと突然聞かれたって、こっちだって仕事中だ。クラウドの経営する何でも屋の数少ないお得意様、グリン&グリングリンのチョコボファームで繁殖シーズン中のお手伝い、という契約内容なのだから、ここで投げ出しては契約違反だ。
いや、契約云々を横に置くとしても、腰を痛めた老人と小さな子供二人を忙しいこの時期に見捨てられるほどクラウドだって非人間ではない。
本当に稀にではあるが、チョコボを狙ったモンスターが牧場を襲うことだってあるのだ。せめてグリングリンの腰痛が治ればいいのだが――。
ぐるぐるクラウドの頭の中を思惑が巡る。
ザックスが生きていた。
ザックスに会いたい。いや、会わなければならない。あの丘で強制的に引き剥がされる最後の瞬間まで、どれだけ自分が彼に負担と迷惑をかけたか。頭を地面にすりあわせて許しを請うてもきっとまだ足りない。彼が生きていたというなら彼の墓標の前でそうしたいと願っていた通りに、頭を下げて感謝して謝って、殴られたって仕方ない。
もう一度会えるなら、と何度も丘の上で自責の念に苛まれながら思ったことを、彼が生きていると分かった今こそ、実行しなければならないのに。
でも仕事だし、と黒い考えが頭をもたげる。
リーブはきっと、そう言えばじゃあ仕方ないですね、と引き下がってくれるだろう。
彼は、クラウドの話でしかあの逃亡劇を知らないから。魔晄中毒で廃人同然だった自分に、ザックスがどれだけ尽くしてくれたか。それだけじゃない、あの事件が起こる前までも、どれだけ自分を大切に思っていてくれたか、リーブは知らないから、仕事を放ってまで帰ってこいとは言わないだろう。
クラウドの中に芽吹いた黒くて小さな思いが、むくむく膨らんでいく。
ほんとうは、
――ザックスに会うのが、すごく怖い。
すごく恨んでいるかも知れない。死んだと思ったから、逃げろと言われたから逃げた、とは所詮クラウドの身勝手な言い分。
実際ザックスは生きていて、自分が仲間達と旅をしている間も、戦いが終わってのうのうと暮らしている間も、彼にはあの地獄の日々が続いていたのだから。
馬鹿だ下司だと蔑まれ、罵倒されるのに耐えれたとしても、もし、面と向かって――おまえなんか嫌いだと言われたら、どうしよう。
「………」
『クラウドさん?なんか言いました?ちょっと電波悪いんですわ……もっかい言ってもらえます?』クラウドは大きくなる胸に手をやる。一度唇と拳をぎゅっと硬く結び、深呼吸して力を緩めた。
「ごめん、まだ、あと一週間くらいは牧場が忙しくて……」
『あ、ああ、そうでしたね。グリンさん、腰の具合どうですか?』
ひどくなるノイズに耳が痛くなって、クラウドは眉を寄せる。些細なノイズにも苛々してしまうのは、ちくちくと胸を刺す罪悪感のせい、だろうか。
「もう、だいぶマシなんだけど。カームの方から整体の先生にも来てもらってるし……けどちょっと、重いもんとか運んだりするのは……」
『それやったら、小さい子二人だけになったら大変ですねぇ』
ほんまは会いに来てあげて欲しいんやけど、とリーブの独り言みたいな何気ない呟きも、今のクラウドにはずきりと胸にくる。
「その……ザックスは、容態とか、安定してるんだろ?」
自分の言葉がやけに言い訳じみていて、自分の汚い胸のうちが、この鋭い男にばれてしまうのではないか、と思った。雑音が交じって聞き取りずらかったらしく、リーブがえ?と聞き返す。
『あ、はいはい、容態ですか?安定してますよ。クラウドさんがゆうてた銃創もほとんど完治してましたし。ヴィンセントさんが見つけたんですけど、第一声が、腹減った、かなんかですから』
そっか、と胸を撫で下ろす。大丈夫、今すぐ会いに行かなくても、とクラウドは必死に自分に言い聞かせた。大丈夫――大丈夫。