大丈夫、とどれだけ自分に言い聞かせても、未練がましくうだうだ考えてしまうのが悪い癖。
仕事でここを離れられないのは本当なのだがら、仕方ないと思えればいいのに割り切れないのがクラウドの長所でもあり短所でもある。朝方まで眠れないまま悶々とザックスのことを考え続け、気が付けば起床時間、結局一睡もできなかった。
ティファやユフィが、肌が荒れる!と騒いでいた気持ちがなんとなく理解できた朝、初めて出来た額の面皰にうんざりしながら長靴に足を突っ込み厩舎に向かう。
すっかり慣れたと思っていたはずのチョコボ特有の臭いが空きっ腹と寝不足の頭にダイレクトに襲ってきて、飼い葉桶に飼い葉を入れながら何度か吐きそうになった。空吐きだが。
ついでに油断してたらチョコボに髪の毛を何本かむしられた。
「クラウド調子悪い?」
とチップを運びがてらグリングリンに心配され、しんどいなら休んでてもいいわよ、と一回り以上年下のクリンまで気遣われた。
それでもチョコ房を掃除し藁とチップを入れ替え終わる頃には、日も昇り一汗掻いたおかげか吐き気も治まったのでほっとした。
体調不良というより逃避だよな、と冷静に分析できてしまうあたり虚しい。
馴致を始めたばかりのチョコボが腹帯を嫌がり、手綱を持つグリングリンが振り回されているのを、門外漢のクラウドはぼーと眺めていた。
以前も同じようにチョコボの扱いに苦戦していたグリングリンに、手伝おうかと申し出たら、素人は危ないから下がっていてくれと言われてしまった。
掃除にしてもそう。種付け出産粗方終わり、実は結構、クラウドがいなくても牧場はグリングリンとクリンの二人で十分だったりする。
忙しい時間が過ぎれば、クラウドは本当にやる事もないので見ているだけ。
今暇だよな、ミッドガル行こうと思えばいけるよな、バイクで本気出せば往復1日掛からないし、と冷静に考えれば考えるほどザックスに会いに行ける状況に気付くのだが、しかしそう考えるたびにクラウドの足は根が張ったみたいに動かなくなる。
お昼ご飯できたよ、とクリンに声を掛けられた。
ありがとう、と立ち上がり、振り返ったところで硬直した。
クリンより頭一つ、大きな影が仁王立ちしていたので。意地の悪いことに気配を消していた忍者娘は、クラウドの不意をついて、へへんと得意げに笑う。
「驚いたか!」
勝ち誇って胸を反らすユフィの背後から、ちょこんと顔を出したクリンが、申し訳なさそうに続けた。
「……ユフィがクラウドに用事あるって」
「…………ああ」
順序だてがなっちゃいない、とクラウドは頭を押さえた。

ちゃっかり昼食にありついたユフィは、満腹で満足したのか放牧地を取り囲む柵にもたれ、腹の辺りをさすりながら(いい加減臍出すなとクラウドは会うたびに言うのだが)、なぁリーブから聞いたんだろ?といきなり痛いところを突いてきた。
なにが?としらばっくれれば、
「うあ、出たよ。お得意のポーカーフェイス」
とあからさまに顔を歪め舌打ちされた。
「ザックスのこと!アタシとヴィンセントが見つけたんだよ!?」
「……聞いたけど」
「じゃぁなんで会いに行かないのさ」
きゃんきゃん騒ぐユフィに、興味を示した子チョコボがちょこちょこと寄ってくるのを、しっしっと手で追いやる。
クェ、と鳴いて群れに戻るチョコボを見送りながら、はぁ、とため息をついた。
「見たらわかるだろ、……忙しいんだよ」
「わー、嘘ばっか!アンタさっき暇そうにしてたじゃん」
「あれはたまたまだって」
悪態を突き出したユフィは最強だ、人の話を聞きゃしない、とクラウドは横目でユフィを盗み見る。
風に黒髪が煽られて、さらさらとゆれている。むっとして口をへの字に結んだ頑固な表情は、出会ったときから一寸もかわっていない。
なんて言ったら納得するかと考えたが、何を言ったところで納得しそうにないなと思った。
「リーブに電話したんだよ、クラウド来たかって。そしたらまだチョコボファームにいるって聞いてさ、信じられなくて。アタシ、ちょうど近くにいたから、活入れてやろうと思ってきたの」
「来るなら来るって連絡しろよ」
「アンタ逃げるでしょ」
ちがいないと内心自分でも納得しながら、逃げるかよ、と口では言う。
「なんで会いに行かないの」
「……だから仕事だって」
「……クラウド、ザックス大事な友達だって言ってたじゃん」
「………」
言い訳を重ねるのは、情けなくなるだけだった。自分でも馬鹿だとは思う。ユフィの反応が、仕事云々逃げている自分より、たぶんとても健全なのだろう。
もともとこの口達者な娘相手に、勝算なんかクラウドにはないのだ。
「……どうせアンタのことだから、ザックスにあわせる顔がないとか、思ってんじゃないの」
「………………」
ねぇ、と苛々した口調でユフィがクラウドの腕を掴む。腕をつかんだ力とか気迫ではなくて、その生命力にぞっとして圧倒されて何も言えなかった。言えることなんてないから。
「馬鹿なこと考えなくていいから、早く会いにいってあげなって言ってんの!」
ユフィは身体をひいてクラウドの胸倉を掴んだ手を放し、少し穏やかな口調で最後のだめ押しに一言、目を覗き込んでいう。
「――会いたがってたよ、ザックス」


台風娘はそれだけ言って、荷物いっぱいにギザールの野菜を買い込んで帰っていた。まいどありー!と喜んで見送るグリングリンの隣で、クラウドはどうするべきかと苦悩する。
あれだけユフィに言われて、最後にあんなだめ押しまでされて、それでもここでうだうだ悩んでいるクラウドは、心底自分が嫌になる。
会いたがってるよ、と言うユフィの言葉、信じていないわけではないが、何分、物事をネガティブに考える能力に長けすぎているクラウドだ。
言葉通りにとっていいのか、もしかしたらザックスはクラウドをとても憎んでいて、誘き寄せるために(という言い方はクラウド自身もどうかと思うのだが)ユフィと結託して言わせているだけじゃないかとか――ユフィに言わせれば「馬鹿なこと」と一蹴されそうな事で、クラウドは結局、2日悩んだ。
3日目に電話が来て、なんとヴィンセントからだった。ただでさえ電波がないのに、彼のぼそぼそとした声はほとんど聞こえず、途切れ途切れに拾えた単語を繋ぎあわせて想像するに、とりあえず早くザックスに会いに来てやったらどうだ、と言いたいらしかった。
ユフィに急かされヴィンセントにまで説得される俺ってどうなんだろう、と通話の切れた携帯を握り締めてベッドの上でしばし自問自答したクラウドは、そのまま横になって寝てしまっていた。

翌日も、いつものようにチョコボが放牧地に出ている間にチョコ房掃除――なのだが、その最中、腰を痛めてからあまり厩舎に現れなかったグリンがにこにこしながら現れた。
電話が入ってるよ、と言われ受話器を取れば、案の定ユフィの声。
思わずいい加減にしろよ、と言葉が口をつく。
『なんだよ、その言い方!携帯繋がんないし』
ああそれで掛けてきたのか、と思う。仕事中はベッドの脇に放ったらかしだった。
「だから……仕事中だって」
『あーもう!クラウドがそんなんばっか言ってるから!!』
我慢ならんとばかりにユフィが電話越しに声を張る。なんとなく不吉な物言いに胸の辺りが騒ついたが、冷静を装ってクラウドは聞き返す。
「……言ってるから?」
『どうしてアタシらがこんな焦ってるか、わかんないのかよ?!』
ユフィの声が耳をつんざく。思わず耳から受話器を離した。
まともに声を受けた鼓膜も確かに痛かったが、しかしそれより、携帯電話で話すよりクリアに耳に届くユフィの焦った声音がクラウドを苛立たせる。
「どういう事だよ、リーブは……容態安定してるって」
『だから……あーもう、それってだいぶ前の話だろ!?いいから見にこいって!』
言い捨てて、勢いよく電話が切れる。一人置き去りにされたクラウドは、受話器片手にどうしようもなく、ただ不安に突き動かされて踵を返した。
まさか、まさかまさか。
――容態は安定しているとリーブが言った、から、なんて。
どこまでも言い訳がましい自分が腹立たしい。嫌いと言われ拒絶されるのは怖い――けれど、まさか一度も顔をあわせないうちにどうかなってしまうと言うところまで、クラウドは考えていなかった。
受話器を置いて厩舎に取って返し、どうしてもミッドガルに行かなければならない、明日には戻ってくるから、と言うと、いいよとあっさり承諾された。
チョコボファームからミッドガルまではバイクで半日、のはずだったのだが、昼前に出て夕方陽が暮れる頃にはミッドガルに着いていた。紛うことなく新記録だったのだが、必死のクラウドは気が付かなかった。ザックスが死んだらどうしよう、なんて一度見殺しにした人間の言えたことではないけれど。
ザックスが入院していると言う施設はミッドガルの端に延びた新興住宅街の一画にある、いかにも病院然とした白い建物で、クラウドも何度かリーブに付いてきたことがあった。
建物の外に半ば乗り捨てる形でバイクを止め、外来診療の受付終了時間間際、入院患者と外来患者で少し込みあったロビーに入り、すぐの総合受付に走り寄る。すみません、と慌てて駆け寄ってきたクラウドにも冷静に応対する受付嬢は、こんなところで働いていれば、こういう相手にはなれっこなのかもしれない。
「ザックス……ザックス・フェアが入院していると思うんですけど。ザックス、スペルはz、a」
「c、k?」
「そう、ザック……」
とんとん、とそのまさに探していた本人に肩をたたかれる。
振り返って、幽霊でも見たかの様に驚いて大きい目を更に見開いたクラウドにザックスは苦笑する。
「……ザックス?」
「うん。ひでぇな、もう顔忘れた?」
ザックスの軽口に応える余裕もない。顔の筋肉を硬直させたまま、クラウドはぎこちない動きでザックスの頬にぺた、と手を当てる。
生きてる…?、と呟きながらザックスの顔やら首筋、身体中に手を当てるクラウドを、しばらく好きにさせていたザックスは、クラウドの手がザックスの胸の辺りを触ったまま動かなくなったのを見て、満足した?とほほえんだ。
「ザッ……クス」
「うん」
嫌われて拒絶されたらどうしようとうだうだ悩んでいたのが嘘のようだった。ぺた、と胸板にさわる。確かに少し肉は落ちたかもしれない。あの時は――こうやって自分の意志を持って触れることすら出来なかった。
どうして、もっと早くこなかったんだろう。もっと早く、ザックスに触りたかったのに。
「……全然、平気そうだよな」
「ああ、栄養失調?んなの1日ありゃ治る」
「んな馬鹿、おまえだけだ」
「うわ、ひっで……ってクラウド?」
泣きそうだけど、とザックスが頬笑みながら顔を覗き込むのを嫌って、クラウドは頭をふる。
強情だなぁ、相変わらず、とつぶやくザックスの声も身体も記憶のままで、クラウドは俯いたまま黙り込む。よしよし、とザックスがクラウドを抱き寄せる。
「だっておまえ、ユフィがやたら不吉な言い方するから……」
腕の中でいやいや、と頭を振って可愛らしい抵抗をするクラウドに、ザックスは苦笑する。
ロビーにいた人達が、ほら、あれ、と二人に注目して徐々に人だかりを作っているのにもクラウドは気付かず、不覚にも熱くなってしまった自分の目頭にくっそ、と小さく舌打ちする。
その頑なな態度も、ザックスの抱擁に応えてザックスの身体に腕を回していれば台無しで、寧ろ言葉と仕草のギャップがザックスにはいとおしい。
「それくらい言わなきゃ、おまえ来てくれないだろ。俺、1ヵ月ずっと待ってたのに」
事情はわからなくとも、ああきっと感動の再会なのね、とロビーが暖かい空気に変わり二人を見守る中で、当の当事者であるクラウドが一人空気を無視して顔をあげ、ザックスを凝視した。
「1……ヶ月?」
「そう、1ヶ月。ひどくね?俺、すぐにでもおまえに会いに行きたかったのにさ、無理だろ。入院してるから。しかもおまえ全然来ないし」
だから協力してもらっちゃった、と背中のユフィとヴィンセントを目で指した。
いつからそこにいたのか、してやったり、といった感じのあるユフィと対照的に、ヴィンセントは少し恥ずかしそうに頬を染めて目を逸らした。周りには野次馬の人だかり、冷静に考えればかなり恥ずかしいこの状況、しかしクラウドは冷静に考える余裕もない。
「待った?1……ヶ月、も?」
「ん?どうした、クラウド」
様子の変わったクラウドの髪を撫でながら、ザックスが首をかしげる。
「俺、リーブから…おまえが生きてたって連絡もらったの、たぶんまだ一週間くらい前、だけど……」
『え……?』
クラウドを取り囲む三人の声が見事にシンクロし、直前まで感動の再会に湧いていた場まで巻き込んで、ロビーは静まり返った。


「ほんっまに!ほんまにすみませんクラウドさん……」
酔っ払った勢いで人目はばからず腰に手を回してくるザックスの腕をつねりながら、クラウドはもういいから、と手を合わせるリーブに言う。
ただでさえオーバーワーク気味だったリーブは、今まで隠匿されていた地下施設の発見捜索、しかも思いがけず生存者まで出てきたおかげで、この一ヵ月休みなし、ほとんど記憶がなかったと言う。保護された生存者の身元がザックスだとわかり、これはすぐ様クラウドに連絡せねばと思い連絡したものの、電波の事情か繋がらずそのまま仕事におわれ失念、ちょうど思い出した頃には業を煮やしたザックスとユフィ、ついでに巻き込まれた形のヴィンセントが動きだしていたわけで、タイミングはよかったんだか悪かったんだか。
ちなみにこの件では紛れもなくヴィンセントも被害者の一人、神羅屋敷で無理矢理酒を飲まされたばっかりに書庫整理から得体の知れぬ地下施設探索、挙げ句の果てに買って蜘蛛の巣が掛かっていた携帯まで持ち出され、嫌いな電話を掛けさせられてしまったのだから災難だ。
全部話を聞いて、漸くあれだけ多方面からせっつかれた理由を理解したクラウドも、かといってリーブを責める気にもなれず、まぁ運が悪かったんだと思いながらも重なるため息。
「こんな失敗、したことなかったんですけど……」
めそめそ泣き出す良い年した中年に、オレンジジュースで酔わないで、とティファが笑って言う。前回の失敗を反省し、ザックスの退院祝いの会場はセブンスヘブンで落ち着いた。
遇す側というわけでもないのに、なぜかカウンターの中で飲んでいるティファは、店をつぶされては適わないとヴィンセントの酒量を終始気にしている。
ユフィの電話で煽られかっとなっていたとは言え、病院のロビーという人目の多い場所で抱きついてしまったのはクラウド一生の不覚。
ドラマよりもドラマチックな再会だと、娯楽に飢えていたミッドガル市民の心を大きく掴み、すっかり公認の仲になってしまった。勿論ザックスは喜んでいる(またそれが腹立たしい)。
シドの持ち込んだロケット村名産地ビール(開発中)を呷り、クラウドから離れてすっかり輪に溶け込んでしまったザックスを横目にクラウドはため息を吐く。
あれだけ悩んだのが馬鹿みたいというかなんと言うか、ユフィの言葉は正しかったとつくづく思う。
ほんますみません〜と言いながらカウンターに突っ伏すリーブの背中をさすっていると、カウンターの中のティファと目があった。にっこりほほえまれて、つられて首をかしげる。
「……ねぇ、そういえば」
「ん?」
「結婚式はいつにするの?」
「…………………」
あー、と呻くとクラウドは、すっかり出来上がってシドと意気投合しているザックスの頭目がけて空き缶を投げた。