胸糞わりぃって言いながら、目を覚ました。言ってすぐに、あ、と口を片手で塞ぐ。自分の上にのっかっっている体重がここちいい。念のために、手首同士をつないだロープを確認して、クラウドの頭を撫でる。
「ごめん、お前に言ったんじゃねぇぞ?なーんか、ヤな夢みちゃってさ。」
くしゃ、と見た目以上に柔らかい金糸は、指の間からも元気よく転を仰ぐ。その様がおかしくて、俺は一人、喉の奥で笑った。
夜の森は冷える。炎を絶やさずに、俺は睡眠を五分。獣の気配を逃すことは絶対にない。人間なら、尚のこと。けれど、用心するに越したことは無い。俺は、五分眠っては起きて、炎を調節した。ここ最近、まとまった睡眠など取れていない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
「ったく、俺ってば友だち想い。そう思わねぇ?クラウド」
言って、俺の肩に体重を寄せてくるクラウドの頬を撫でた。透き通るほどの白い肌。頭を上げて空を見上げながら、俺は息を吐いた。森の中、針葉樹林の細いてっぺんがひしめく間に、白く、俺の吐息が立ち昇った。
「おうおう、白いねぇ。寒いねぇ。」
俺はクラウドを膝の間に抱きこんで、毛布で包んだ。倒れこんでくる体の重みに、クラウドの意思は感じられない。寒いだろ?ごめんな、もうすぐだからな。耳元で声をかけながら、俺は木切れを薪に放り込んだ。
「ほら、クラウド、今日は満月だな。」
炎が揺らめく。さっき見上げたときにみた、青白い月。きっと俺たちは、あんな顔なんだろうなと思ったりした。ろくなもん、食ってない。俺は、平気だけど。俺は腕の中で、意識を取り戻さない、眠ったままの瞼を撫でた。クラウドが、心配だ。俺はクラウドの耳元に唇を寄せた。白い耳は、ひんやりと冷たかった。
「満月ってのはな、動物を凶暴にさせるんだと。困ったもんだな。」
言いながら、感触を確かめるように、下唇を耳の裏に挟んだ。軟骨に噛み付いても、クラウドは起きない。俺は、クラウドと手首を結んでいたロープを手早く解いた。
「ほんと、困ったもんだよ。」
毛布を頭からクラウドにかけて、俺は瞬間走った。

俺はモンスターの肉を適当にさばいて火で炙った。美味くはないが、栄養価は高いはずだ。膝の上にクラウドを抱えたまま食っていると、どうやらもう朝、東の空が白んできやがった。
「やべ、のんびりしすぎたってか。」
火を消して、隠蔽工作をするのも面倒になって、もういいや、俺は言いながら毛布を袋につめこんだ。
「ほら、クラウド、行くぞ。」
背中に背負うと、足に来る重み。苦しさよりも、愛しくて、俺は笑った。
「まずは足がいるよな。なんかどっか、超めだたねぇ田舎とかねぇのかなぁ。」
山中を遠回りの道として選んだはいいものの、こんなところになかなか村なんかなかった。ま、だから今まで見つからなくてすんだんだけど。いい加減、いくら万能な俺でも、方角がわからなくなりそうだ。
「な、クラウド。どっちだと思う?俺は、こっちだと思うんだけど。」
言いながら、山道を踏みしめる。土は湿り気を含んでいて、木々の根がぼこぼこと出張っていた。
「なークラウド、覚えてる?」
背中から返事はない。俺は、あたりに気をつけながら、
「昔さ、約束したじゃん?覚えてる?」
言いながら、昨日見た夢を思い出していた。過去のことは、みんな楽しい思い出になるんじゃないのかよ。そう悪態を吐きたくなるような、忘れてしまいたかった過去の夢。
なんで、今思い出すかな。
はは、乾いた声で笑ったのは、間違いなく俺。俺以外、いない。
「はは、覚えてないよな。」
もう一度、乾いた声をあげて、俺は言った。ひきつった顔で、笑ってるであろう自分の顔を思いながら。
道はまだまだ、遠い。

クラウドと出会うまで、俺は本当は一人だった。
友だちはたくさんいたし、彼女だっていたし。けれど、その誰もが、俺の本当の姿を知らなかった。
俺は、本当は、そんな奴じゃないのに。
そう思うようになって、それはソルジャーっていう、外聞だけは派手で華やかな、その実ほんとは血生臭くどうしようもない職業を背負うようになってからなんだけど、俺は、人格が分裂した。ように感じた。それは、俺が逃げただけかもしれない。気のせいかもしれない。けど、少なくとも俺は、昔の俺じゃなくなった。
外面ばっか、嘘ばっか上手に滑り落ちる舌の味に、本人ですら慣れかけたときに、俺はクラウドと出会ったんだ。

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真夜中に目が覚めた。それは、穏やかじゃない目覚めだった。勢いよく起き上がって、肩で息をして、汗ばんでいる髪を払いのける。舌打ち。嫌な夢ばかりだ。そう思っていると、向こうから光が零れてきた。俺は目を閉じた。人工的な光は、ぱち、というスイッチを切る音で闇へと還った。
「あ、ごめん、起こした?」
まぶしさにやられた目で、その影に手をのばす。クラウドだ。クラウド。俺は名前を呼ぶ。かすれた声。クラウドがそばに来る。抱きしめた。
「ちょ、うわっ…」
慌てて引き剥がされた。
「バカ、ザックス、水零れるだろ。」
「水?」
闇に慣れてきた目をこする。クラウドの片手に、グラスに入った水があった。
「あんた、うなされてた、から。だから、水分補給。」
真顔で言いながら無遠慮に突き出されるグラス。俺は、さっきまでのことなんてすっかり忘れるくらい、笑い転げた。

ソルジャーになりたい、なんて言うクラウドの言葉は、いつも俺を暗い気持ちにした。クラウドに、まだ特別な感情を抱いていない時、俺は無責任にも頑張れよ、なんて言ったけど。そんなのは、全部嘘だ。ソルジャーなんか、ろくなもんじゃない。酔った勢いで、ベッドに二人して倒れこんで言った俺の言葉に、まだ俺より意識の混濁していないクラウドが口を尖らせた。不快にさせるつもりはなかったんだけど、彼は気分を害したらしい。
「ザックスは、自分がソルジャーだから、どういうこと言えるんだよ。」
「自分がソルジャーだからこそできるちゅーこく!聞いとくにこしたこたぁねぇと思わねぇ?」
「けど……」
言いかける唇を唇で塞ぐ。甘い、瞬間だ。もうこれ以上はないような、最高の一瞬だ。ゆっくりと、舌を差し込んで、クラウドの制服を脱がしていく。クラウドの呼吸が浅くなって、見れば頬がアルコールじゃない何かに火照っていた。
「ざ、っくす…最後まで、聞けッ」
遠慮なく殴ってくる拳、手首を握り締めて、なにが?と問う。
「ザックスは、夢、ないの?今。」
「ゆめ…?」
「将来の夢とか」
「………。」
手が止まった。ガキの頃、将来の夢は、都会で一旗揚げること。金を稼いで、実家に仕送りして、派手に遊んで暮らすこと。
「……夢かぁ。」
まさか、自分がソルジャーになるなんて、思ってもなかった。わかんねぇもんだな、ザックスは胸中で思いながら、クラウドの髪を撫でた。足元でしわくちゃになっていた布団を手で引き上げながら、
「先のことなんかわかんねぇよ。」
「なんだよそれ、夢のない…」
「俺はさぁ、クラウドと美味いもん喰って、エッチして、一緒に暮らせたらそれでもういいや。満足。」
「…阿呆。」
あきれた声を出した、クラウドが俺の鼻に噛み付いてきた。
「な、クラウド、約束して?」
「何が。」
「俺と、約束。」
乗り気じゃなさそうなクラウドが、眉を寄せる。眉間に皺を俺はなぞった。いやいや、と頭を振るクラウドを抱きしめて、髪をぐしゃぐしゃにして、なんだよふざけてんのか!?と声をあげるクラウドをもう一度力いっぱい抱きしめた。
小さい耳元に唇を押し当てると、抵抗が止んだ。
「約束なんか、するな。」
「?」
「なんとなく、お前がすると、嫌なかんじだ。」
クラウドはそう言って、俺の体から離れたと思った瞬間。
俺の瞼に唇を落とした。

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クラウドの瞳が開いた。
俺は、嬉しくて嬉しくて、その瞳の色が、人工的な妖しい光を放っていても、ちっとも気にしなかった。森の中にある湖、水面にクラウドを映して見せた。俺も並んで、おそろいだな、そう言って笑って、俺はクラウドに口付けた。クラウドの唇から、吐息が零れる。白く立ち上る息。すげぇ、すげぇぞクラウド!息まで一緒じゃないか。俺は高らかに剣を掲げて喜んだ。ガラス玉のような瞳は、鏡のように俺の姿を綺麗に模写していた。俺の姿だけじゃない、湖にうつる星々も、天高くそびえる山々も木々も。
クラウドの上半身を毛布でくるんで、下半身だけをさらした。ごめんな、なんども謝る。白い足は、動かしていないせいで衰えてはいるものの、やせ細るとまではいかない。研究所からかっぱらってきた、特製の下着を脱がして、俺は濡らした布でクラウドの太ももをぬぐった。揺らぐ瞳孔。冷たいよな、ごめんな、俺は言いながら、排泄物で汚れた股間を丁寧にぬぐう。金色の陰毛から垂れる性器を見ると、よからぬ欲求がわかないでもないけれど。俺はクラウドの体を反転させて、柔らかい尻の肉を割った。ぬぐってやると、女性のそれとは違ってやはり硬い。そこをきれいにして、乾いたタオルで水気をふき取る。最後にまた、北条のおっさんのところからかっぱらってきた下着をつけさせて、ズボンをはかせる。ほんとは、温泉にいれやりたいし、出来るならもっと、気温の高い時間帯にしてやりたいけれど、そういうわけにいかないのが哀れで、申し訳なくて、俺はいつもクラウドに謝ってばかりだ。
「聞き飽きたって、言われそうだなぁ。」
笑いながら、毛布に包んだクラウドを抱きしめた。彼の瞳はまっすぐに、天を仰いでいる。
「ほらもう、おやすみ。」
そう言って、そっと瞳の上に手を添えて瞼を閉じさせた。

五分間の眠りの中に、どこにそんな時間があるんだろう。不思議だけど、人間ってのはやっぱり夢見たい生き物なのかもしれない。あの北条も、ツォンも、ガキのころは純粋に、純朴に夢を追いかける少年だったのかも。そんなことを思って、俺は目の前のヘルメットを蹴り飛ばした。思い切りやっちまうと、眼球出るからなるべくセーブする。力加減ってのは、難しかった。相手は一般兵だ。
「ったく、勘弁してくれよ、なッ!」
最後の言葉とともに力を込めて相手の首裏に手套をいれる。背後から近寄ってきた気配に反射的に手を出して、わき腹へ肘鉄。ついで、反対側の別のヤツに裏拳を叩き込んで、飛んだ。飛んだ先を掠める、爆裂弾。おいおい、仲間を巻き添えかよ、えげつねー。俺は、鉄骨の上から同士討ちをながめた。煙にかすんだそこから飛びのいて、クラウドの元へ走る。足は、神羅からバイクを頂戴した。なかなかなサイズなので、目立つ。神羅兵やら、タークスやらに追い回されて、さすがの俺もそろそろやばかった。
それでも、肩に乗るクラウドの重みだけは、手放せなかった。クラウドは大切な、俺の光。

青い空。遠くまで、見渡せる。クラウドの瞳は、俺と同じ色になっちまったけど、けど、クラウドはやっぱりクラウドだ。俺は少し離れたところで、その金色の髪を見ていた。うつらつらと、ゆれる体。意識の昏睡から、目が覚めるのは時間の問題だろう。半開きの唇、はやく名前、呼んでくんねーかなぁ。
少しづつ、ミッドガルへ近づいてくる。空気でわかる。あの淀んだ、都会の匂い。昔は大嫌いだったけれど、クラウドと一緒だから、なんだかそれも懐かしい。
帰ってきたんだ。帰ってきた。

そう思ったのに。


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今時約束なんて不安にさせるだけかな
願いを口にしたいだけさ
家族にも紹介するよ
きっと うまくいくよ